カテゴリ:雑感( 1098 )

この世の異空間、その名は床屋。

今日、髪を切りに床屋さんに行ってきた。

私にとって床屋さんというのは不思議な場所で。なんというかこう、なにかが“降りて”くるというか。このブログを始めようと決めたのも、床屋さんで髪を切ってもらってるときだった。

懐かしい人の顔を思い出した。もうすっかり忘れていたのに。存在そのものをすっかり忘れていたのに、髪を切るハサミの音を聞いてる時に、突然頭にその人の顔が浮かんできた。今、どうしてるだろう。幸せに暮らしているのか。相変わらず不幸をまとっているのか。

60年という間、この人間社会で生きていると、多くの出会いと別れがある。そのひとつひとつを思い出してみたところで、それをわかってくれる人は誰もいない。

私が初めて追突事故を起こしたときに、事故処理をしてくれたTさん。なぜだかわからないうちに、自ら命を絶ってしまわれた。私をこの会社に引っ張り込み、セールスの何たるかと、キリンビール中瓶のありがたさを教えてくださったM氏は、私が転勤したあとしでかしたことに怒り心頭、私を殴るために私の所在をさがしておられたらしい。今は愛媛県宇和島市で漁師になっていらしゃるらしいが、もうあの時のことなど忘れておられることだろう。二度とお目にかかることもあるまい。

不思議なことに、思い出すことが多すぎる。これから経験することより、これまで経験してきたことのほうがはるかに多いからだろうけど。

時々考える。

この世に生を受けた一人の男の人生は、この国において、なにかを残したのだろうか。私が声をかけた人が、それをきっかけになにかをなしたかもしれないし、私の存在を疎むがゆえに、新しい生き方を見つけた人がいるかもしれない。

ひげをあたるカミソリの音を聴きながら、夢うつつの中でこれまでの人生を考えた。そしていつ来るか教わることの出来ないその日のことも。


gonbe5515





by starforestspring | 2019-01-23 12:22 | 雑感 | Comments(0)

あるまじきもの

場所中は通常、家に帰って着替えをして、それから相撲中継の録画を見る・・というのが楽しみで仕方ないのだが、横綱稀勢の里が引退してから、どうも今一つ二つ盛り上がらない。彼が土俵に上がってこないのは、楽しみにしていたライブが中止になった時の気分に似ている。

休場ばかりだったし、昇進してからの優勝は一回しかなかったけれど、横綱稀勢の里は私が求める横綱の姿を体現してくれていた。泰然自若。美しい仕切り、立ち合い。相手からつっかけられても表情を変えず、勝っても負けても感情を表に出さず。

私は“受けて勝つ”のが横綱だと思っている。ほかの力士のように自分の呼吸で立ち会うために、フェイントをかけたりじらしたりという小細工をせず、「さあ、いつでもいらっしゃい」と相手の好きなようにさせて、それでも勝つのが横綱だと思っている。

「その地位にふさわしい品格と抜群の力量」wikipediaの「横綱」の項目にこういう一文がある。その通りだと思う。品格ってなによ?とうそぶいた横綱がいたが、そんなことを言う時点で横綱失格だろう。

そして最近、どうやらそっちの世界に踏み込んでしまったとしか思えない横綱がいる。

横綱白鵬である。

初場所五日目。大関でも関脇でもなく、ましてや小結でもないただの前頭2枚目を相手に、つっかけ、体当たりし、そしてにらみつける。その姿はその地位にふさわしいと言えるのか。前頭を相手に、なにをそんなに熱くなってるんだか。そんな態度を叱り飛ばす審判はいないのか。

私はあのあと、錦木につっかけていってほしかった。横綱がやったことと同じことをわざとやって、「ああ、合いませんでしたね。おっかしいなあ・・」と首を振りながら、苦笑いしてほしかった。そうしたところで、居並ぶ審判たちは誰も怒りはしなかったはずだ。前頭のつっかけを受けない横綱こそが“らしくない”のだから。

かつて私は、 横綱が強すぎるが故に、対戦相手の力士が勝つことを願ったものだ。なにかの間違いで勝ってしまえば面白いのにとテレビを見つめていたものだ。しかしそんなことが実際に起こるのはごくごく稀なことだった。願っている私自身も、横綱が負けるわけがないと疑わなかった。横綱は下位の者が仰ぎ見る山、かなうはずのない強大な壁。前頭ごときが立ち向かって勝負になるわけがないと信じていた。

そんな前頭に対して彼がとった威嚇するような態度(私はあの行為を見たその瞬間に、チンピラの喧嘩の仕方を思い出したものだ)。勝って分厚い懸賞金を受け取ったその右腕で、ガッツポーズのような動きをする、その目をそむけたくなる品のなさ。

最近の私は、かの横綱の取り組みのたび、負けることを祈っている。露骨に言えば負けてしまえと心で叫んでいる。負けたらざまあみろと家中走り回り、家人に触れ回り、何度も何度も祝杯を挙げてやろうと思っている。


そんな横綱は、数えて彼で、3人目になる。


gonbe5515






by starforestspring | 2019-01-19 17:59 | 雑感 | Comments(0)

風景

子どものころから人並みにいろんなスポーツに親しんできた。野球、サッカー、水泳、バスケットボール、バレーボール、バドミントン、卓球、長距離走・・・。テニスは“ブルジョアのスポーツ”という思いがぬぐいきれなくて手を出さなかった。今思えばこれほどわかりやすいコンプレックスの裏返しはなかったなと。

それぞれのスポーツ、競技しているときに見える風景は違う。たとえば野球。自分のチームが負けているときの9回裏ツーアウト満塁で打順が回ってきたとき。バッターボックスから見える風景は、3回とか5回でノーアウトランナーなしの時に立つ時とは全く違う。バスケットボール、自分がドリブルで切りこんでゴール下に入ったとき、リングとボールと、相手選手の体と腕とが交錯する一瞬。ジャンプシュートを打つ時、空中で静止している瞬間に見えるリングとネット。

そんなふうにして私はこれまで、いろんなスポーツの中の風景を見てくることが出来た。それはとても幸せなことだと思うが、絶対に無理だとわかってはいるけれど、一度でいいから見てみたかった風景がある。

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スキージャンプ。ジャンプ台の斜面を滑り降りるときに見える二つのライン。その二つが踏切台の向こうで消えていて、その先には真っ白な雪と、豆粒のような観客。遠くに見える街の風景。自分の体が風を切る音、一瞬ごとに近づいてくるすべてのもの。
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空中を飛んでいるときに選手が見ている風景は、どんなものなのだろう。

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飛行機から見る風景、パラシュートで降りながら見る風景のようなものではなく、地上に降りてくるまでのあっという間に見えるものはまた違うものなのだろう。バンジージャンプは似ているのかしら。

そんなことを考えながら昨夜の「ワールドカップジャンプ女子札幌大会」の中継を見ていた。競技として、技術の差、順位の違いは当然あるわけだけど、そんなことはこの気持ちには関係ない。


参りました。


gonbe5515



by starforestspring | 2019-01-13 12:14 | 雑感 | Comments(0)

敷居

よそさんの家を訪問したとき注意するのは、玄関や和室に入るときに敷居を踏まないこと。「敷居と畳のへりは絶対踏むな」と教えられていたので、それは今でもプレッシャーになっている。神社やお寺に行った時も同じで、門のところにある敷居を意識せずにまたげるようになったのは、結構大きくなってからのことだ。


私の周りにいる人たちの中に、ミスを犯したときに素直に謝れない人がいる。謝るより先にまず、なぜ自分がそのような行動に出たかについて時系列で“説明”を始める。本来あるべき結果と違う結果を導いたのは、その時系列の時々で、自分が下した選択が間違っていたことが原因なのに、その選択をするに至った外的要因をこんこんと説明する。


私が社会人となった時、上司がまず私に教えたのは「謝り方」だった。知らないことばかりの新人なのだからこれからたくさんのミスをするだろう。しでかしたときにどう謝るか。それを叩き込まれた。曰く「失敗に気づいたらまず最初にすみませんと謝れ」「失敗を謝ることが最優先。急ぎの仕事を仕上げることと謝ることとが重なったら、謝るほうが先」「時間がたてばたつほど謝りにくくなり、先方の怒りは増す。早ければ早いほどコトは大きくならずに済む」ということだった。

長く社会人生活をしていて、公私にわたりしでかした失敗は数知れない。そのたびに上司に教わったことを頭で反芻し実践したことで、炎上を免れたりボヤで済んだりしたことはいくつもある。

まず謝る。いろいろ言いたいことはあるにせよ、まずその前に「すみませんでした」と頭を下げる。そのあと求められたら、経緯を簡潔にわかりやすく説明する。それだけのことがなぜ出来ないのだろう。

考えられることはただひとつ。そういうときにどうするか、それを具体的に教わっていないから。そして自分自身で手を伸ばし、触れている情報の中に、そういうものについて教えてくれるものがないからだろう。

人は些細なことで、判断したりされたりする。箸の持ち方がおかしかったら、どれほどの人であれ幻滅するし、まさかこの人がというような人が、鳥居をくぐる時にごく自然に礼をしたり、魚をきれいに食べたりすると、それだけで見る目が変わったりする。

敷居を踏まない。畳のヘリを踏まない。素直に謝る。箸の持ち方、魚の食べ方・・。親に教わる、先生に教わる、友人に教わる、誰に教わるのかは別にして教えてくれる人がいればこそ、覚えることが出来、それが自分のためになる。

時には「なんでそんなことまで」と思えるような細かいことを注意されることがあるけれど、たとえ耳の痛いことであっても、自分に対して言ってくれる人がいること、それ自体がありがたいことなのだ。

人がどうであろうと自分には関係ない。人がどんな恥をかこうと、知ったことではない。ひとこと言っておくべきだろうけど、疎まれるのも損だから言わずにおこう。そういう人が増えたのだろうか。

いつのことだったか、旅先の旅館で、食事会場の和室に入ってくるときに、敷居を踏みそうになった足を慌てて持ち上げたせいで、たたらを踏んでひっくり返ってしまった若い女の子がいた。彼女は連れの友達からおおいに笑われていたけれど、私は彼女のひっくり返ったその姿に、とても美しいものを見た気がした。


神は細部に宿る。


gonbe5515



by starforestspring | 2019-01-10 13:30 | 雑感 | Comments(0)

火の魅力

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元旦の記事に乗せた、下鴨神社境内で行われていた焚火の写真。薪は糺の森の倒木を使っていると思われる。

ヒトがヒトたる所以は、火を発見し使うことを覚えたことによるらしい。初めて自力で火を起こした類人猿さんには、どれほどお礼を言っても言い足りない。

初詣で神社を訪れていた人たちが大勢この焚火のまわりを囲んでいた。大きな焚火なので、炎から3mくらい離れていても、空気を伝わって押し寄せてくる熱の波がすごい。

人ではない“火”というものが持つ、力とその威力。ある人たちが火を神とあがめ、崇拝の対象としていることもうなづける。

などと小難しいことは抜きにして、私は単純に火が好きだ(人の命と財産を奪う場合は除く)。暖かいし落ち着くし見ていて飽きない。生活の中から囲炉裏が消え、街角から落ち葉焚きがなくなった。台所のコンロも、徐々に、しかし確かな足取りでガスからIHに変わりつつある。火と日常の中で関わる機会がどんどん減っていく。いつも人のそばにあった火を、人はいつのまにか遠ざけてしまった。

ゆらめく炎に目を細め、空気を伝わってくる熱を体で受け、ひとときの暖を取る。その快感を私は知っているけれど、火に手をかざす、冷たい手のひらを火の近くですり合わせるという行為をしたことがない、そういう人もこれからは現れてくるのだろう。

下鴨神社の大きな焚火の周りに集まり、しばらくその場を離れなかった人たちが等しく笑顔であったのは、穏やかな正月を迎えた喜びだけが理由ではなかったはずだ。



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by starforestspring | 2019-01-08 18:06 | 雑感 | Comments(0)

住所録

今日はひさしぶりにいい天気だった。こういう日がそれなりの数あれば、雪が降っても我慢できるのだ。「曇り、雨、または雪。ごくまれに晴れ」北陸の冬はこんな感じ。12月に入ってから4月の桜を見るまでこれが続く。

今年も残り10日。遅ればせながら年賀状の準備をしようと思っている。もうすでに出してらっしゃる方もたくさんおいでだろうに、いったいなにをしてるんだか。

しかし、年賀状というのは本来元旦に書くもので、前年の12月に書いて投函するなどというのはそこから考えれば変な話であって・・。

などと、見苦しい言い訳はよそう。いつかはやめるにしろ、今はまだその時期ではない。年賀状はちゃんと出さなければ。

で、パソコンで住所録を開いてみた。仕事とプライベート両方で使っている住所録である。

生まれたときからのお付き合い、学友、会社の同僚先輩後輩、ひょんなきっかけでご縁をいただいた方。毎年この時期になるとお一人お一人の名前を見ながら、そのお顔を思い出している。

そうして、一年のご無沙汰をお詫びしたり、その後の様子を伺ったり、激励だったり、感謝だったり、賀詞の横に添える言葉をいろいろ考える。

どこで仕入れた話だったか・・。そういうリストの中から親戚や会社関係、取引先などを抜いたら何人残るかで、リタイアしたあとの人生を占うことが出来るという。

いつかやってみようと思っているのだけど、これがなかなかふんぎりがつかない。


gonbe5515




by starforestspring | 2018-12-21 16:01 | 雑感 | Comments(0)

冬の星座

昨日の夜、駐車場から家までの300mを歩いてるとき空を見上げると、満天の星。
会社の駐車場を出る時、フロントガラスの氷がとけるのに時間がかかった理由はこれか。それほど思い入れはないこの土地だが、こういう星空が見えるところはたいしたもんだと思う。

新しく買ってきた本を読み始めて5ページほど。この小説は以前に読んだことがあるということに気がついた。しかし内容と結末が思い出せない。だったら最後まで読んでやれと、延々と読み進めて残り50ページほど。ここまで来ても最後どうなるのかを思い出せない。

困ったもんだ。困ったもんだ。

久しぶりに会った人の名前が思い出せないことがある。昨日話をした内容を忘れていることがある。昨日の夜になにを食べたか思い出そうとして、えらく時間がかかることがある。

大丈夫か?

中島みゆきさんは、ご自身の「傾斜」という曲の中で

♪としをとるのはステキなことですそうじゃないですか
♪忘れっぽいのはステキなことですそうじゃないですか
♪悲しい記憶の数ばかり 飽和の量より増えたなら
♪忘れるよりほかないじゃありませんか

と歌っておられる。悲しい記憶は人並みにある。だけども、飽和の量ほどあるわけではない。嬉しい記憶も確かにある。けれどもそれほど多いとは思えない。私の頭の中のハードディスクの空き容量は充分に残っているはずなのに忘れてしまうということはつまり。。。



昨日星空を見ながらふと考えた。私は父が36歳のときの子供なので、私が24歳だったときに、父は今の私と同じ年齢だったことになる。24歳?松山でひねもすのたりのたりかなに反発しながらも、仕事に夢中になっていた頃ではないか。

そうか、あの頃父は私の年齢だったのか。18才で家を出て以降、40才で再び同居を始めるまでほとんど父には会っていなかったから、その頃の父がどんな様子だったのかまったくわからない。父もやはり、寄る年波のささやかな音を聞いていたのだろうか。あと何年生きられるだろうかなんて考えていたのだろうか。冬の夜空にきらめく星に気づいて、足を止めたことがあっただろうか。
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♪木枯らしとだえて さゆる空より
♪地上に降り敷く 奇しき光よ
♪ものみないこえる しじまの中に
♪きらめき揺れつつ 星座はめぐる

♪ほのぼの明かりて 流るる銀河
♪オリオン舞いたち すばるはさざめく
♪無窮を指さす 北斗の針と
♪きらめき揺れつつ 星座はめぐる

 文部省唱歌 「冬の星座」



gonbe5515




by starforestspring | 2018-12-16 17:46 | 雑感 | Comments(0)

鎌倉にて思う

「今夜11時30分、NHKの「植物男子ベランダー2」に、多部未華子さんがご出演です。

以上、念のための告知でした。


鎌倉に行ってきた。
「ツバキ文具店」「海街diary」「鎌倉ものがたり」などの舞台になったところである。それぞれのエピソードの舞台になった場所に行ってきた。それだけで充分。街のことについて語れるほど滞在しなかったし。

それでもやはり「ああ、これはやっぱりすごいな」と思うのは海の広さである。日頃日本海を見慣れている身に、太平洋の砂浜、水平線というのは、ひと味もふた味も違う。加山雄三さんの若大将シリーズが持つ爽やかさは、舞台が太平洋であればこそだと思う。日本海ではああはいかない。

どこに行っても日本人より外国人(アジア系)が多かったように思う。ファッションを見てもわかるし、髪型を見てもわかるのね、不思議に。どこがどうとはひとことで言えないのだが、なんというかこう・・・違うのだ。

自分が住む町ではないところ、生まれた町ではないところは本当におもしろい。あたりまえが違う、食べ物がちがう、食べ方がちがう。そういう違いに戸惑い、驚き、笑えることこそ、旅行の楽しみではなかろうか。(今回の一番の驚きは、初めて見る生シラスであった。)

違うというのは、いいものだ。違いがあってこそだと思う。みんながみんな、違う服を着て、違う番組を見て、違う主張をすることは、面倒には違いないけれど、少なくとも社会においては間違ったことではないように思う。

だから私は、「集団行動」を見るより、「マーチング」や「パレード」を見るほうが好きだ。大勢の“個”が、一糸乱れぬ規律を見せるのは素晴らしいし、敬意も払うけれど、大勢の個が違う楽器を持ち、違う表情で、違う動きをするほうが、私の精神衛生にはいい。




gonbe5515




by starforestspring | 2018-12-15 12:23 | 雑感 | Comments(0)

理解と誤解、それから解釈。

改めて思う。
人は人をわかり切れない。目の前の人が考えていることを、100%正確に理解することが出来ない。

だからこそ、理解しようと努める。文章を読み、会話をする。それを繰り返したからといって、100%に届く保証はされないのだけれど。

なのに人は決めつけたがる。あの人はこうなのよ。この人はああなのよ。訳知り顔のまなざしとともに、その人に関わることを、それが正解間違いなしかのように、別の人に語る。

自分のことを語られた人自身が、そのことを知らないうちに。

わかりあえていないことが、正解として世の中に伝わる。伝わる範囲が広いほど、それは真実となっていく。

だから人は沈黙を覚えた。
諦めを覚えた。
よそゆきの微笑みを覚えた。

そうすることで人づきあいをこなしている。みんながなにかを飲み込んでいるからこそこの社会は成立している。

見も知らない人の中に放り込まれることが好きだ。顔も知らず、名前も知らず、職業も知らない人たちと、しばしの時間を共有するのが好きだ。もう二度と会うこともない人と、同じ場所にいることが好きだ。

理解しよう、理解されようとする必要がないのだもの。


gonbe5515




by starforestspring | 2018-12-13 16:30 | 雑感 | Comments(0)

一泊旅行

ある人と仕事をしているときに、流れで私の出身地が京都だとわかると、質問攻めにあったことがある。『大文字山には登ったことがありますか?』『貴船ってどんなところですか?』

伏見稲荷や二条城、平安神宮や祇園、花見小路や詩仙堂などなど、どのガイドブックにも載ってる名所には行ったことがある。だけど、話に聞いて一度は行ってみたいと思うけれど、ほかに行くところが多すぎてなかなか行く機会がないので教えてほしいということだった。大文字山は手軽に登れて京都市内を一望出来る最高の展望台だとか、貴船に行くなら夏の暑い盛りに限るとか話をすると、大いに盛り上がった。

京都はいわゆる観光地に見るべきものは多いが、道を一本裏に入ったり、人があっちに行くから私はこっちに行ってみようとかして、アマノジャク的に歩くと面白い発見がたくさんあるところだ。ほかのことには責任は持てないけれど、自信を持って人に話が出来るのは漬物について。観光客に名前を知られているいくつかの大手の漬物屋さんより、錦や出町の商店街で買う漬物のほうが絶対おいしい。

明日から家族と一緒に少し遠出をする。初詣や盆の帰省を除くと、久しぶりの家族そろっての一泊旅行である。目的地は“話しには聞くけど行ったことのないところなので楽しみにしている。パソコンは持って行かない。このブログからもつかのま離れてみようと思う。


明日は4時起き。トシをとるとこの起床時刻が苦にならないから不思議だ。


gonbe5515





by starforestspring | 2018-12-10 15:49 | 雑感 | Comments(0)


タベリストgonbe     よしなしごと残日録


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