カテゴリ:それでいいのか日本人( 151 )

所変われば・・・

4月8日、巨人の大城選手がプロ入り初ホームランを打ったとき、チームメイトが「サイレントトリートメント」をやった。エンゼルスの大谷選手が初ホームランを放ったときのそれを見ていたから真似たのだろう。

誰かが始めたことを、多くの人が真似るようになり、社会に広がっていく。それに不満はないけれど、なんだろう、この妙ないらだちは。・・安直というかなんというか。

はやりものに倣うことに対する抵抗ってのは、ないものか。「おもしろそうだけど、すぐにマネしたと思われるのも癪だから、やらねー!」のような、やせ我慢というか、武士は食わねど高楊枝のほうに、共感してしまう。

ボールゲームと野球が同じでなくてもいいではないか。
7回の裏に、特段イベントをしなくたっていいではないか。

新人が初めてのホームランを打ったときの祝福。祝福される側、する側、ともに笑顔でいられる方法は、トリートメントだけではないはずだ。なんていうかこう、気がついたらやっていた・・とか、なんとなくそういう雰囲気になった結果でいいではないか。

ジェット風船、東京音頭。
やって楽しく、見てなお楽しい。
そんな祝福のしかたが、なにかの拍子に生まれてくるんじゃないか。

それまで、待てば?


・・・・And that's the way it is.

gonbe5515




by starforestspring | 2018-04-15 19:12 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

「最大多数の最大幸福」

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ジェレミ・ベンサム(1748年~1832年 イギリスの哲学者・経済学者・法学者。功利主義の創始者として有名)について、調べてみた。

「gonbeさん、急にどうしちゃったんですか?いつもならここはサッカーのマリ戦でしょ?」というご指摘、ごもっとも。でも今回のマリ戦については書かない。書きたくない。書くもんか!


今日はベンサム先生なのだ。

なんでそうなったかを説明すると、「最大多数の最大幸福」という言葉だ。この言葉、一時期私の会社の社訓のひとつとして、毎朝唱和していた。今回、ハリソン君のブログを読んでて、それを久しぶりに思い出し、この言葉を言った人はどんな人だったのだろうと知りたくなった・・というわけ。

「幸福とは個人的快楽であり、社会は個人の総和であるから、最大多数の個人がもちうる最大の快楽こそ、人間が目指すべき善であるとする。」

同性愛は誰に対しても実害を与えず、むしろ当事者の間には快楽さえもたらすとして、合法化を提唱した。この他、功利主義によれば被害者なき犯罪はいずれも犯罪とならない。」

・・・・興味深いですねえ、ベンサム先生。


知らず知らずのうちに、人を傷つけてるってことがある。ほんのささいな、何気ない一言が、消えない痛みを人に与えることがある。

まあ珍しくもないことだろうが、私たち夫婦は結婚後なかなか子どもが出来なかった。まわりの人はいろいろ言うわけだ。「子どもまだ?」「子ども、作らないの?」と。私とニョーボは欲しくてたまらなかった。やることはやってたのだ(回数、中身とも充実していたという自信が私にはある)。

でも出来ない。

そういう夫婦を見たとき、多くの人は妻のほうにさっきのような言葉を問いかけるものなのだ。言ってる本人は挨拶代わりのつもりだろう。ニョーボは微笑みながらあたりさわりのない返事をする。横で見ている私は、心の中でこうつぶやく「あんた・・殴ってほしい?」。

10年のあと、娘を二人いっぺんに授かるが、それはひとえにニョーボの“執念”のたまものだったと思う。生まれてきてくれた二人を見た時の、ニョーボの心情を思うと、いまでも涙が出そうになる。

古い話で恐縮だが、私が若かりし頃、『俺の空』というマンガがあった。その中のセリフに「100%のうち、3%はそれ以外の97%と異なると言われているが、その3%をあなたはどう扱うつもりなのか」というのがあった。(記憶うろおぼえ。 本宮ひろ志先生ごめんなさい)

私、この言葉にはいたく感銘を受けた。自分は3%なのか、97%なのか。でも、どちらであっても、自分と違う側も含めて、100%を構成する要素じゃないかと。97%は3%を無視したらダメだろうと。


体に障害がある人がいる。生まれながらにして、あるいは事故や薬害によって。たとえば、自分の体を、自分の意志で制御できない、そういう人が車椅子にのって向こうからやってくる。・・・ふつうの顔をしてすれ違えばいいものを、あからさまに視線を送り、今度は見ないように顔を背け、すれ違ったあとまた振り返る。その行為に潜むものを、車椅子の人はちゃんと感じ取っている事をご存知か?


自分のあたりまえを、他人のあたりまえと疑わないこと。
自分が正しいと思うことを、他人も正しいと思うこと。
自分が嫌いなものを、他人も嫌いと思うこと。

言っとくが、それらは間違いなく誰かを傷つける尖った針を持っている。


多数派に属することに安心し、ご自身を正当化することは勝手だが、だからと言って少数派を否定するのはおやめいただきたい。多数派けっこう。でも少数派あっての多数派ではないか。全ての人が、同一の価値観に従うよう強制されることを全体主義と言うけれど、あなたの行為はそれに向かう一里塚とも言えるのだ。>たぶんそこまで意識してないだろうところが、一番の問題なのだけど。

もうすこし、謙虚になるべきです。
もっと多様な価値観を知るべきです。
そしてそれらに優劣がないことも。


97%と3%を足して100%ではなく、1%を100回足していくほうが、よっぽど楽しそうだ。


・・・・And that's the way it is.

gonbe5515




by starforestspring | 2018-03-25 17:46 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

3月11日

7回目の3月11日です。


今日、時計が14:46を指したとき、あの日を知る人たちは、何をしていただろう。


今年も、某ちゃんのブログの記事を引用させていただく。


ーーーーーーー以下引用

月命日という言葉を私は覚えました。
月命日。3.11。11日だからなんだという気がしますのは震災に無関心だからでも強がりだからでもなく、ただ単に私たちには被災後から続く過酷な日常の一日にすぎないだけなのです。
さら地の我が家も、どす黒い闇に覆われる海も、積み上げられたがれきも、戻ってこない友人も。
被災地の外で11日にしか思い出されないあの震災は私たちの日常なのです。過去形ではない現在進行形なのです。私にしたら11日は震災を思い出す日でも黙とうする日でもなく、被災地と被災地外の温度差を感じる日になってるように思います。
それでは駄文で失礼します。女川最後の日に。

ーーーーーーー引用ここまで


某ちゃんも20代半ばになっているはず。
今日もまた、テレビや新聞を見て、“温度差”を感じているのだろうか。

・・・そもそも、被災地外には、まだ“温度”が残っているのだろうか。



仮設住宅には、まだ12,000人の方々が住んでおられるらしい。

帰ったらドラマ『ラジオ』をまた見ようと思う。
某ちゃんの言葉を聞こうと思う。


<文化放送報道部ブログ2012年4月22日>
『本当に受け入れてほしかったモノは』


gonbe5515






by starforestspring | 2018-03-11 18:06 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

地獄への推薦状

私はお寺が好きではない。と言っても、嫌いなわけではない。苦手なだけだ。居心地がよくないというかその、落ち着けない。

子供の頃、近所にあったトージ(東寺)やサンサン(三十三間堂)が遊び場だった。子供のころさんざんお世話になったのに、大人になったら遠ざける。さらに言えば、いいトシをして仏教のことをなにも知らない。南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経を唱えたこともないし、朝に礼拝夕べに感謝も、実践したことがない。

いつかはきっと、仏罰が下る。そう覚悟していた。ところがいっこうに音沙汰がない。

その訳が最近わかった。

仏様はきっとお忙しくていらっしゃるのだ。仏罰を加えるべき人間があちらにもこちらにもいて、そいつらが一番苦しむ方法を考え、仏罰を下す。そして、そいつらに踏みにじられたいたいけな人たちを、慈悲でもって救い出す。私みたいな凡庸なヤツに、かまってる暇などないに違いない。

かよわき子供を大人の力をもって殴る。食事を取らせず、衰弱させる。目の前の食べ物に手が届かないよう柵を作る。熱湯をかける。水風呂にいれる。寒風ふきつける屋外にほったらかしにする。閻魔大王とて、一瞬はためらわれるに違いないこのような所業を、連中は平然とやる

手を下した者も、横で見ていて止めなかった者も、地獄に落ちろ。


仏様、閻魔様、連中には、無間地獄あたりがよろしいのでは?
どうぞ
よろしくお願いいたします。
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・・・・And that's the way it is.

gonbe5515





by starforestspring | 2018-03-09 15:51 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

人類の進歩と崩壊(あるいは輝く未来)

ここ最近、コンパクトデジカメの売上げが復活模様らしい。インスタ映えする写真を撮るために買っていく人が多いのだとか。

日常生活の中での写真撮影は携帯、スマホで充分ことが足りるようになり、売り場面積もどんどん小さくなっていくのを見ていて、これはもうコンパクトデジカメの未来はない・・と勝手にガッテンしていた自分が恥ずかしい。


私が初めてデジカメを欲しいと思ったのは20年前、娘たちが生まれたころだった。当時はCyberShotとかなんとかいうデジカメの画素数は、35万ぐらいではなかったかと思う。今私が使ってるiPhoneの画素数は1200万らしい。。。

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私はインスタをよくわかっていない。インスタだけではなく、FacebookもLINEもTwitterも知らない。

使っている方たちは、それぞれの魅力を堪能してらっしゃるのだろうが、私はどうにもそこに足を踏み入れられない。私は私のまわりの人たちとの関係を維持していくことと、自分の生活を浸食をしない程度のネット利用を続けていくこと、それからこのブログに記事を書くことで精一杯だし、満足しているからだ。

自分の名前が知らない誰かのところへ飛んで行くのはまっぴらだ。誰かと“つながって”いることで、見返りとして手放しているものを考えたら、そういう“つながりなら自分には必要ない。>本音のところは、単にめんどくさいだけかも。

電話をかけるより、メールを送る。直接話をするべきことでもメールを送ってよしとする。事故現場に遭遇したらまずスマホを向ける。料理が運ばれてきたら「いただきます」の前に写真を撮る。二度と消せないことを承知の上で、交際していた相手の写真をネットに流す。

情報交換のツールが増えただけ、選択の幅が広がっただけ、そう言う人もいる。電話では出来なかったことが、メールでなら出来るから。直接言えないことでも、メールだったらちゃんと言えるから。現像の必要がなくなり、より速報性が高くなったから。店の評判に直結する広告効果が期待出来るから。自分が撮った写真を世界に発信出来、反応が返ってくるのが楽しいから。

たとえそれが、海の向こうの誰だか知らない人からのものだとしても。

そんなことがあたりまえになっていく時代にこれからなるのだとしたら、私にはそんな世界が空恐ろしい。


・・・・And that's the way it is.

gonbe5515



by starforestspring | 2018-01-09 14:49 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

第48回衆議院議員選挙 開票を前に

台風の風がすごい。
北陸富山は、台風の影響を受けることが少ない県だが、さすがに今回のを免れるわけにはいかないようだ。

沖縄、九州、中国、四国、近畿、東海・・どんな様子なのかは、帰宅してからのニュースでわかるだろうが、富山でこれほどなのだからさぞや・・・。みなさまのご無事を祈るばかりだ。>私は私の家がちゃんと建ってるかが今一番の心配ごとである。

その嵐の中、『日本の明日を、私たちで決めよう』が合い言葉の衆議院議員選挙、その投票が行われている。投票締め切りまであとわずか。皆さんそれぞれに有権者の権利を履行されたことと思う。

「国民は自分たちと同程度の政府しかもてない。」
この言葉をご存知の方は多いだろう。果たして今の日本国民のレベルはどの程度なのかが、今日の選挙結果て推し量ることが出来るかもしれない。

「2050年極東MAP」という記事を書いたことがある。あの時にはこんなの100%ありえない、日本国民はそこまでバカじゃないと信じていて、でも笑ってすませるわけにはいかないよなあ・・程度の認識だったのだけど、今や真面目に話し合う必要があるんじゃないかと、真剣に感じている。

独立国家として、言うべきことは言い、聞くべきことは聞く。しかしてこうと定めたことは堂々と主張する。まずはそこからじゃないかと思うのだ。

こういうことを書くと、gonbeは右寄り思想の持ち主だ、自衛隊を軍にしたいんだと、思われる方もおられるだろう。

はい、そうです。私はそうするべきだと思っています。
国民の一人として、この国の存続を願っているし、思想、体制、民族、宗教の違う他の国々と、違いを踏まえた上で、対等につきあっていってほしいと思っている。

そういう国の一員であることに気づくのが国旗だと思うし、大きな声で歌うことで、同じ国の一員として隣で歌う人との連帯を感じたいと思う。


このあたりの私の意見は、これまでカテゴリ「それでいいのか日本人」を通して読んで下さってる方にはよくわかってもらえると思うので、未読の方は、カテゴリの記事を通読していただければ幸い。

誤解しないでいただきたいが、私は自分が開いたブログ「源町19番地」という場を使って、私はこう思うということを表明しているだけであって、その考えを他人に押しつけようとか、広めようとか、議論しようとかいうつもりはない。

「ああ、gonbeはそういう考え、そういうヤツなのね」と、看過していただければ一番ありがたい。それはムリだなという方は、残念ながらご縁がなかったということで、ここの番地をパソコン、スマホから消していただければそれで済むことと思う。

いろんな意見があって当然だし、いろんな考えがあってあたりまえ。いろんな政党があるのが嬉しいし、言いたいことがちゃんといえるのがありがたい。この国のそういうところが私は好きだ。

しかし、都合のいい時だけ“国”を持ち出して「国の名誉をかけて」とか、「国民の期待を背負って」という言葉を使い、それを押しつける人は嫌いだ。


さて、午後8時に投票締め切り。台風のせいで投票率はそれほど高くないだろうという予測も聞いたけれど、実際のところはどうだったのか。今回の選挙にこの国の人々はどんな意思表示をしたのか興味津々である。

あ、もちろんのことだけど、その意思表示を今日しなかった人は、今日の選挙の結果とか、今後開かれる国会での議論、採択について、とやかく口を挟まないで下さいね。お願いします。

次回は是非、参加してください。この国の明後日を決めるために。



・・・・And that's the way it is.

gonbe5515




by starforestspring | 2017-10-22 18:08 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

きれいな字

名は体を表す

ことわざとして広く知られているもの。#ここで言う“体”を、大人になるまで“からだ”のことだと思い込んでいたのは、私が他人に話せない多くの恥のうちのひとつ。
名前はそのもの中身や本質を表すものだという意味ではあるが、「ほんとにそうかな?」と感じることが時々ある。


それよりも、「心正しければ則ち筆正し」のほうが、よほど説得力があると思う。

私は字が上手くない。

最近は自分で字を書く機会が減った。報告書や企画書、申請書はたいていパソコンを使って書く。手紙はメールで代用することが多くなったし、年賀状の宛先だってパソコンだ。これではよほど高邁な理想か、ある種の憧れがないと、上手な字を書くことへの動機にはならないのではないだろうか。

子どものころほどではないが、今でも私の字は年齢不相応と言われる。保険の契約書や、娘たちが学校に提出する申請書とかに私が自分の名前を書いていると、ニョーボは横でそれを見て、「アナタの字は、女のコみたいな字やね」と、あきれたように微笑みながらつぶやく(ニョーボは書道の師範)

「ほっとけ!」と言い返せないのは、私自身が子どものころから今にいたるまでずっと、自分の字に劣等感を持っているからだ。


私の父は字が上手かった。父が書いたハガキや封書の宛先などを見るたびに、達筆というのは、こういうものかと感心していたものだ。そんな父は私が書く字を見るたびに黙りこくってしまうのであった。「gonbeよ、名は体を表す、字は人を表すいうんや。。なんやそのみみずみたいな字は・・だいたいおまえは・・(以下略)」


父は大正生まれだったが、父の年代の方々は達筆な人が多かったように思う。今でこそ「読めない字」として扱われてしまうが、父たちが書いていた一筆書きのような文字は、背筋の通った、静かな威厳のようなものがあった。だからこそそんな字が書けない私は劣等感を持ちつづけているのだろう。

そんな私が、さらに打ちのめされたのは、靖国神社にある遊就館で、亡くなった兵士たちの手紙やハガキを見たときだった。あの若さでああいう字を書く。ひとつひとつのハガキ、手紙を読んでいくうちに、その文章とあいまって彼らのまっすぐさ、高潔な心を見たような気がした。


あの字は、本当にすごい。


gonbe5515




by starforestspring | 2017-10-05 18:51 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

狂態

民進党がとった行動に驚いている。
これが、野党第一党のやることなのだろうか?

これまで野党の先頭に立って安倍政権をやり玉にあげていたのに、小池という人が振った希望という名の旗の下にすり寄ってしまった。旗が振られてるだけで、その下にあるべきまとまった公約や政治信条というものが抽象的な言葉でオブラートされている状況で!

リセット?しがらみ?
それ、なに?具体的にどういうことか説明してほしい。

そんなこと、民進党の議員さんにだってわかってるだろうに、自分の信条はさておき、自分もその旗を降っていれば選挙に勝てる確率が高いかもしれないというだけで走っていってしまう。自ら信じる事を述べ、もって選挙民の支持を得て議会に乗り込むのが議員の姿だと理解していちたのだが、勝てればそれでいいって・・あんたたちには議員としての矜持はないのか。

安全保障も、原子力発電所も、自衛隊も、希望に集まる連中(あえてこう呼ぶ)が、これまでそれぞれの場所、機会に述べてきた意見は違うはず。方法とか道筋とかは違えど、目指すところは一緒っていうのならわかるが、目指すところからして違うのに同じ旗の下に集まるって、それはあまりにあまりでしょ?


もう一度言うけど、あんんたたちには誇りとか信念とかいうものはないのか?


10月の選挙で、もしこの「希望の党」が多くの議席を取るようなら、私はこの国に期待することを諦める。口先の、耳にさわりの言い、その時だけの風潮に乗って政党の離散を繰り返す議員たち、それがわかっているのかいないのか、甘言に乗って票を投じるアホな国民ばかりだとわかったら。


この選挙は、日本国民のアホさ加減のレベルゲージを知る選挙となるだろう。


gonbe5515





by starforestspring | 2017-09-29 15:19 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

marrellaさんへの返信

先日の私の記事についてmarrellaさんが下さったコメントに返信しようとしたら、思わぬ長文になってしまい、コメント欄に収まらなかったので、記事としてアップさせていただくことにした。


ーー以下、返信ーー

当時の日本がおかれていた状況を、私は今に残る文献と、経験者から聞いた話からとしか推測することしか出来ません。もちろん、平成に生きる身で、当時行われていたことの是非を云々することなど出来るわけがありません。想像の域でモノを言ったところで無責任の極みと罵られるでしょう。ただ、例えば私が明治20年くらいの生まれで、日清日露、満州事変などを、青壮年のときに体験していたとしたら、当時の政策、国政指導者をどのように受け止めただろう・・と考えます。

戦後の日本において、過去に日本が行った政策が正しかったのか過ちだったのか、過ちであったのならなにがいけなかったのか、どうすべきだったのか。アジアや太平洋に進出する以外の方策はなかったのか、それ以外の解決策を見つける努力をしたのか・・。それらを検証する場、機会はもたれたのでしょうか?それらについてちゃんと語り合う機会を持たなかったために、あの頃の日本が行った行為に対する国民的コンセンサス(賛成も反対もあるにせよ)が築かれなかった。だからこそ今、韓国や中国から靖国の問題や教科書の表記についてとやかく言われてオロオロしてしまう。

日米安保の傘の下、経済成長にやっきになっているうちに、大切な忘れ物があることに見て見ぬ振りをしていたのではないか。そう思うのです。


このことについては誰もがその信ずるところを口角泡を飛ばして語り始めることでしょう。私もその一人に違いありません。しかしこのブログにおいては、ただ一点のみ主張したくて、記事を書きました。「過去を全否定する風潮に賛同できない。この国の未来を思い、信じて散っていった人たちを貶めるような発言や行為は許せない。今を生きる私たちは、亡くなった人たちに対し、“国として” “国民の一人として” 慰霊の気持ちを持ち、頭を垂れ、その思いに報いるべく身を正さなければならないんじゃないですか?」 ということです。

中国や韓国がなにを言おうが、どんな圧力をかけてこようが、日本国の首相たる人物は、その身分でもって靖国神社に参拝し、国の危機に際して楯となり命をかけ、そして殉じた方々に対し、国民を代表して感謝の意を堂々と表明すべきだと私は思っています。それが出来ない限り、日本という国の“独立”はないとさえ思います。

長々と書きましたが、gonbeはこういう意見なのだな・・と、海のように広いお心で受け止めて下さればと思います。



goneb5515


物事にはさまざまな角度からの解釈があり、さまざまな認識があるだろうと思います。ありがたいことに、この国においては、国民個人が自分の信じるところを声高に主張することが認められております。私がこういう文章を書いても、政府によって削除されたり、gonbeという匿名を利用しているものの、exciteに圧力をかけて私個人を特定し、住所を調べ、もって官憲の手によって投獄されることもありません。

私はそういう言論の自由を保障する国に生まれたことに感謝しますし、世界の国が等しくそうであることを願うものです。






by starforestspring | 2017-09-28 18:38 | それでいいのか日本人 | Comments(1)

『あるおっさんの告白』3

学校で、戦争について教わったことがないと昨日書いた。でも、自衛隊という存在いかにまがまがしいものであるかということは、力説しておられたように思う>先生たち

中学生とはいえ、子どもだし、先生のいうことは全部正しい、基本的に生徒は、あらゆることについて先生から“学ぶ”というスタンスだから、“まがまがしい”だの、“存在してはいけない存在”だのと言われたら、素直にそれを信じてしまう。「存在してはいけない存在が、なくなりもせず存在してるのはなぜだろう?」という、素朴な疑問はあったけれど。

とにかく、当時の自衛隊に対する評価は低かった。存在そのものを否定されていたし、「自衛隊に入る」などと言い出そうものなら、周囲から猛反対されたものだ。

で、世はフォークソングブーム。森山良子やフォーククルセダース、赤い鳥などの歌を、近所のおにいちゃんおねえちゃんたちが公民館で歌っていた時代。そんなときジローズが「戦争を知らない子どもたち」をヒットさせたのだ。この曲は売れた。めちゃくちゃ売れた。どこに言っても、若者たちが口ずさんでいた。長髪ベルボトムのおにいちゃんたちが、ギターをかき鳴らし、声を合わせて♪戦争が終わってぼくらは生まれた 戦争を知らずにぼくらは育った・・と歌うのだ。

終わって、そして知らずに育ったのだから、それを申し訳ないと詫びてるわけではなく、知らないからこそぼくらは平和の歌を歌えるんだ・・という開き直りの歌。私も歌った。何度も歌った。なんの疑いも持たずに大きな声で歌っていた。


今にして思う。私たちがこの歌をなんの疑いもなく当然のように歌ってるとき、戦争から帰ってきた父や、空襲で友人や身内を亡くした人たちはどんな思いで聞いていたのだろう。


映画『東京裁判』を見た時、私はもういっぱしの社会人だったし、この歌ももう町中ではあまり聞かれなくなっていたが、なんていうんだろう、大きな声で歌っていた自分がとても恥ずかしく思ったことを覚えている。以降、ずっとこの歌を歌えない。


父や母、兄妹、妻や子、友人、生まれ育った故郷の山や川、それを懐にだく国。そういうものを守るために、命を散らしていった人たちを敬い、慰めることは、そのおかげで生かしてもらっている私たちが行なってしかるべき行為だと思う。犬死にだった、テロリストだった、洗脳されていた、間違った国策に踊らされていた・・・あなたはそんな言葉を、迷いもなく、心から投げかけて、平気なのですか?


この国をずっと守ってきてくれたご先祖たち、命を散らした方たちのおかげで、日本という独立国が今なお存在し、その恩恵を受けて私たち国民は安穏と生きることが出来ている。それを否定するのもひとつの見識だろうけれど、私はそういう方々とは、あんまりおつきあいをしたくないというのが本音だ。

そして今、この国を外的脅威から守るために、日々訓練に励み、私たちの知らないところで、昼夜を分かたず任務についてくれている自衛隊のみなさんに、心から感謝している。

おかげさまでなにごともなく毎日を送っています。
本当に、ありがとう。




gonbe5515



by starforestspring | 2017-09-25 19:10 | それでいいのか日本人 | Comments(1)


タベリストgonbe     よしなしごとつづり


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