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京都7月29日 画像

みなさんこんばんは。
シリーズ『歌と思い出』をちょっとお休みさせていただき、
昨日の

>四条大宮から嵐電とトロッコ電車に乗って亀岡まで行き、保津川下りで嵐山まで。
>その後下鴨神社で足つけ神事を行なってきました。

についての画像をアップさせていただこうと思います。
EOSで撮った写真もあるのですが、手軽で便利なiPhoneで撮影した写真です。

四条大宮を出たあと、途中ですれ違った嵐電
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『山ノ内駅』のホーム(!)停車してドアが開いたときに撮りました。ちょっとわかりにくいですが、道路の真ん中に石造りのホームがあります。茶色い部分がふちです。濃い灰色は道路。幅・・40cmくらい?ここに立って待ってて、電車が近づいてきたら、すごくコワイと思います。
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トロッコ嵯峨野駅で停まってたトロッコ電車。
宇奈月から出るトロッコに比べるとかなり大きいです。
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保津川下り、途中。
船頭さんが3人。交替交替でオールと竿、それから舵を担当されます。
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北山杉とJRの鉄橋を見上げる。左下にオールを入れてます。
川の一番深いところは6mあるそうな。川下りの途中、ラフティングを楽しむグループとか、どっから降りてきたんだろうと悩んでしまうようなところにパラソルを立てて川遊びをしてるカップルとか、川の真ん中の岩場で水遊びをしてる高校生男子とか、いろんな人たちがいました。
この川、遊ぶには楽しそうです。
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下鴨神社着。
ご親切な立て札。
きものを脱いではいけません。
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川に降りていくところ。
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橋をくぐります。すでに足は水に浸かった状態。めちゃくちゃ冷たい!
周りからは「キャーキャー」の叫び声。
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水の冷たさが気持ちよくなってきました。
みんな裾をたぐり上げてます。
背の低い人はズボンやキュロットが水没!
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小さいお嬢ちゃんがおじいさんに手を引かれて水に入ってます。
こういうのに、私は弱い。
目の前で『つなぐ』行為が行われています。いつの日かこのお嬢ちゃんも誰かを連れてここにやってくるのでしょう。
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京都はやはり暑かった。
暑かったけど、気持ちよかったです。
保津川下り、足つけ神事。
いい一日を過ごせたと感謝しています。

gonbe5515

私たちの船を担当してくださった船頭さん、非常に気持ちいい方々でした。
おじいさんお一人とおにいさんお二人だったのですが、おにいさんお二人が娘たちの “タイプ” だったようで、カメラを向けて必死に写真を撮っておりました。

娘よ、あのお兄さんが相手なら、父は許すぞ。
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by starforestspring | 2014-07-31 19:15 | 京都 | Comments(0)

京都7月29日

四条大宮から嵐電とトロッコ電車に乗って亀岡まで行き、保津川下りで嵐山まで。
その後下鴨神社で足つけ神事を行なってきました。

写真付きで投稿しようとしたのですがiPhoneからだとエラーになってしまうので、とりあえずご報告のみで申し訳ありません。

いい一日でした。やっぱり故郷はいい。

gonbe5515




by starforestspring | 2014-07-29 22:44 | 京都 | Comments(0)

歌と思い出 『イムジン河』

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これまでこの曲のことについては、何度も書いてきたのでなにを書いても繰り返しになりそうな気がするのだけれど、自分の国を他国の都合で二分割され、相互に行き来が出来なくなった時のことを想像してみて頂きたい。#第二次世界大戦後、日本も北海道分割される可能性があったそうです。

『在日』
私がこれまでに住んだことのあるいくつかの街の中のうち、京都と大阪にはごくあたりまえに在日の方がおられた。小学校のクラスメイトの中にも数人いたし。私のクラスメイトだった彼らは今、どうしてるのだろう。日本で暮らしているのか、万景峰号に乗って祖国に帰ったのか。

同じ教室で机を並べて学んだクラスメイトたちのその後はやっぱり気にかかる。
国と国はどうあれ、同窓生だからね。私があの国をどう思っているかは別のことだ。
私は、彼らが大人たちからどういう扱いを受けていたのかを知っている。ある種の大人たちは、彼らが住む地域をある特定の言葉で表現していた。“その地域”に住む人たちに対してあからさまな差別感情を持っていた人もいた。在日の子とは遊んではいけないと、小さな声で息子や娘に言い含める大人も。なにもわからない小さな在日の女の子に対して、差別用語を連発してはやし立てて逃げていく小学生たちも。

クラスメイトだった彼らが大きくなって、その後どんな壁にぶつかったのか、それを乗り越えることが出来たのか。どんな苦労をしたのか。どんな幸せをつかんだのか。私はそれを知らない。知りようもない。

映画『パッチギ』。
この映画は私が育った出町柳界隈がロケ地となっている。
私が遊んだ橋、私が遊んだ高野川と賀茂川の合流地点、彼らと一緒に遊んだ広場・・。

Wikiを読むとこの映画は、政治的な視点が偏っている云々と書かれています。申し訳ないのですが、私にとってそこは重要ではないのです。私は出町柳を5年生の夏に離れました。以降、彼らとの接点はなくなってしまってます。だからこの映画で暴れ回るアンソンやガンジャ、バンホーやチェドキが彼らに見えてくるのです。
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彼らはもしかしたら、こんなふうに青春を過ごしたのかもしれない・・そう思いたいのかもしれません。


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明日、京都に帰ります。
初日の予定は保津川下りと下鴨神社での足つけ神事。
それからみたらし団子とわらび餅withひやしあめ。

時間があれば『合流地点』にも降りてみたいと思っています。
私が子供で、走り回っていた頃を思い出しながら。
by starforestspring | 2014-07-28 21:02 | 音楽 | Comments(2)

歌と思い出 『精一杯』

私が小学生のころ(1966年~71年)世間は本当に騒がしかったのです。
街の公民館ではおにいちゃんお姉ちゃんたちが、毎晩PPMやジョーンバエズ、ボブディランを歌ってた。公民館は、私ら子供の遊ぶテリトリーの中にあったので、ドロジュンやかくれんぼ、缶蹴りをしてると必然的にその公民館の前を通ることになる。公民館から聞こえてくる歌声は、私らにとってはBGMであり、あってあたりまえのものだった。>時々中に入って見学もさせてもらったしね。

それが一人減り、二人減り、毎日が二日おきになり、ついには誰も来なくなってしまった。
小学生だった私にその理由がわかるはずもなかったけれど、おにいちゃんおねえちゃんたちがどこにいってしまったのか不思議でならなかったんだ。と言ってもそれは最初のうちだけで、そういう事情に疎い私らはすぐおにいちゃんおねえちゃの歌ってた歌を忘れ、存在を忘れていくのだけれど。

高校に入ってバスケット部とフォークソングクラブに入った。
ギターを持ち、コードを押さえ、時にはかき鳴らし時にはつまびき。
のめり込む・・ほどではなかったけれど、それなりに一生懸命やってた。

2年生になると、昼休みの時間に視聴覚教室で、メンバーがそれぞれミニコンサートを開く。
クラブの人気ナンバーワンはさかちゃん(このブログが縁で30年ぶりの再会を果たしたナイスガイ)で、彼の出演日は大入り満員。
私の時は・・・半分くらいだったかなあ・・。
そのミニコンサートは結構励みになって、みんなも楽しみにしていたんじゃないかと思う。

クラブの中心的存在はSクンといった。
彼は・・・実にいいヤツで。
なんと言えばいいんだろう・・・“仏さま”かな。
“神様”よりは“仏さま”のほうがその風貌と立ち居振る舞いにピッタリ合うと思う。

彼はピアノも弾き、ギターも弾き、しかもすごく上手。
自分一人でやる時もあったのだけど、誰かのバックで、または誰かと組んでやることも多かった。

当時の私が歌っていた曲といえば、
加川良、かぐや姫、吉田拓郎。
とくに加川良がお気に入りで。
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ある日のこと、Sクンが私に
「gonbeくん、こんど一緒に『精一杯』やらない?」と聞いて来たんだ。



♪これだけ今日は頑張りましたと 日は暮れてゆきます
♪これだけ今日も歩きましたと 僕は僕でひとりごと

♪ひとりごとばかり手のひらにのせて 
♪あんたこれからどちらまで
♪そして私はあちらまで あんたも僕も精一杯

♪抜けられません この先は 戻れませんよ ここからじゃ
♪もう何にも聞きたくありません もう何にも言えません

♪上には上がありました そして僕は僕でしかなかったし
♪下には下がありました それでよかったとひとりごと

名アルバム『やぁ』に収録されている一曲。
私もこの曲が大好きだった。特に次のフレーズ

♪夕焼け空は何色でしょうと 首をかしげて見つめるよりも
♪眺めていれば幸せでした あんたも僕も精一杯

この歌詞の表す世界がとても自分にピッタリくるようで。
アルバムの中でこの曲はピアノの弾き語りとして歌われていて。
Sクンはそのピアノを自分で、歌を私にやらせたかったんだろうと思う。


ところが、私はその申し出を断ってしまった。
照れたのか。驚いたのか。自分一人でしかやりたくなかったのか。
今その理由を思い出すことは出来ないけれど、とにかく私はSクンの申し出を断った。

その時の彼の顔。。。

Sクン。
私はあの時のことを今でも忘れられないまま今日まで過ごしてきたんだ。
なぜあの時、私は君の申し出を断ったりしたんだろう。
なぜすぐに「おおええねえ!やろやろ!」と、君の手を握れなかったんだろう。


もしかしたら私は、おにいちゃんおねえちゃんたちのことを心の奥深いところで覚えていたのかもしれない。毎日毎日一緒に歌ってた彼らがいつのまにか、一人欠け二人欠け。そして誰も来なくなったことを小学生ながらに悲しい出来事として記憶していたのかもしれない。
誰かと一緒にやれば、いつかは別々になってしまう。
そこで悲しい思いをするくらいなら、最初から一人の方が気が楽じゃないか。
自分でそれに気づいていなかっただけで、もしかしたらそれが、遠い過去の記憶が、一緒にやらない理由だったのかもしれない。


でも、
私はずっと後悔していたんだ。君の申し出を断ってしまったことは、私の人生の中の黒歴史のひとつなんだ。おおげさではなく。

この曲を、君のピアノをバックに、ギターを持たずマイクの前に立ち、好きなように歌ってたらどんなに気持ちよかっただろう。

ボクらはもう、トシをとってしまった。
でも、残りの人生のどこかでもし再会することが出来たなら、
その時、もう一度声をかけてくれないか?
「gonbeくん、こんど一緒に『精一杯』やらない?」

私はねSくん、今度こそきっと笑顔で返事が出来ると思うんだ。
「おおええねえ!やろやろ!」って。



gonbe5515
by starforestspring | 2014-07-27 18:14 | 音楽 | Comments(0)

歌と思い出 『冷たい部屋の世界地図』


風の音のようなバイオリン(orチェロ?)の旋律で始まり、入ってくるギターのアルペジオ。
そして陽水の高い声。

♪遙かな遙かな見知らぬ国へ 一人で行くときは船の旅がいい
♪波間に揺られてきらめく海へ 誰かに似てるのは 空の迷い雲
♪潮風に吹かれ 何も考がえず遠くを見るだけ

♪やさしさがこわれた 海の色はたとえようもなくて悲しい


この曲は『陽水II センチメンタル』というアルバムに収録されている。
発売されたのは1972年。私受験を控えた中学生。

この曲は、私にいろんなことを考えさせてくれました。

どうして船の旅がいいのか。
見知らぬ国ってどこ?
迷い雲って?
やさしさが壊れる?
etc etc

誰もがこの年頃にそうなるように、私もこの頃、いろんなことに迷い、なぜ?なぜ?を繰り返していたのです。そういうなぜ?を解決する糸口として、この“よくわからない”曲は答えへの誘導路みたいなものでした。

目に見えないもの。さだかでないもの。でもちゃんとあるもの。
そういうものをつかむには自分自身が行かなければならない。自分で決めて自分の手でつかまなければならない。待ってたって向こうからやってはこない。


♪汽笛をならして すれちがう船
♪こんにちはの後は すぐにさようなら
♪見わたすかぎりの 水平線の
♪かなたにあるだろう 僕の行く国が
♪とびかうカモメは 陸が近いのをおしえてくれる ah

広い海の真ん中、あるのかないのか不安になるような“ある”ものを求めて船に乗って進む。

その不安定さ。
根拠はないけど自信はある。
自信はあるけど、不安もある。
そういう右に左に揺れ動く迷いが、波に揺れる船に乗ってるような気がして。

レコードをセットして針を落とす。
この曲は一曲目。
六畳間を真っ暗にし、ボリュームをうるさいくらい大きくする。
壁にもたれ膝を抱えて陽水の高い歌声を聴く。

ああ・・・結局。

自分は一人なんだ。
一人になるんだ。
一人でやっていくしかないんだ。

・・・14才の中学生は、この曲を聴いて、自分の環境を受け入れ、踏ん切りをつけることができたのです。


♪はるかなはるかな見知らぬ国へ
♪ひとりでゆく時は船の旅がいい

この曲を聴くと、今でもとてももの悲しい気分になるのですが、
同時に、暗闇の中で吹っ切ったあとの爽快さもまた思い出すことが出来るのです。


gonbe5515


結局、船で旅立つことは出来ませんでしたが・・・。
by starforestspring | 2014-07-26 20:54 | 音楽 | Comments(2)

歌と思い出 『赤ちょうちん』2

<昨日からのつづき>

私の下宿は三畳一間。風呂なし。トイレ共同。洗面所共同。
押し入れの中に布団と着替えを入れたバッグを放り込むと、三畳の畳の上には折りたたみのちっちゃいテーブルがひとつだけ。それでも念願だった“家を出る”夢を叶え、一国一城の主となったことが嬉しく、新しい暮らしが始まることに胸踊らせていた。

ジャンジャン横丁界隈での暮らしは想像どおり実にワイルドだった。
朝起きて下宿の外に出ると、赤い顔したオッちゃんが、大きな口を開けて歩道で寝てる。
学校に行くために動物園前駅へ歩いてく横丁では、西成で仕事にあぶれたオッちゃんたちが高架の下に座り込んだり将棋会館の窓から中をのぞき込んでたり。バイトを終えて夜、下宿に戻るために横丁を戻っていくと、よっぱらったオッちゃんが歌をがなってたり、“マッチ一本100円”の年齢不詳のおばさんが座り込んでたり。
それはもう・・・毎日が驚きでした。

近鉄デパートの向こう、阿倍野には叔母が小さな店(当時で言うスタンド)をやってて高校生のころよく遊びに行った。そのときに天王寺駅を降りて阿倍野の店まで結構な距離を歩くんだけど、その時に見た阿倍野の雰囲気と、横丁の雰囲気とは全然違った。阿倍野は遊びの場所。横丁は生きる場所。なんというか、刹那的だった。

♪雨が続くと仕事もせずに キャベツばかりをかじってた
♪そんな暮らしがおかしくて あなたの横顔みつめてた

“雨が続くと仕事もせずに”
このフレーズの意味を、この曲が出た当初(高校生)は頭でわかっていたつもりだったけど、通天閣界隈では、まさに目の前でこれが起きる。
土方仕事は多くは雨の日は休み。
雨が降ったときの横丁の混雑ぶりはすごかった。
しかもみんな投げやりな感じというか、殺気立ってるのね。
たしかに、こんな状態のところを若い女の子が一人で歩いてたら、無事ではすまない雰囲気だよなあ・・・とおっさんの忠告をかみしめたものだ。

それでもね、
一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎる頃には慣れてしまって、顔見知りになったオッちゃんが、「にいちゃん!スズメ食べにいこか!」って誘ってくれるようになるし、食堂のおばちゃんがカレーを大盛りサービスしてくれるようになるし。そうそう、カレーと言えば、カレー+卵という食べ方があるのを初めて知ったのもこの食堂だった。カレーを注文すると、生卵がついてくるのね。意味わかんなくてそのままにしてると隣に座ってやっぱりカレー食べてたオッちゃんが「にいちゃん、卵いらんのか?くれや。」って言うから、あげたらそれを割って自分が食べてるカレーの上に落とすんだ。もうびっくりしてね。大阪の人は卵とカレーを混ぜるんだ!って。

当時の私は、勉強とバイト以外にやることがなかったし、テレビも持ってなかったので、下宿ではいつもカセットを聴いてた。拓郎、陽水、かぐや姫、加川良、S&G、エルトンジョン。もちろんナターシャセブンも。でもその中で、かぐや姫の曲が一番その時の環境にピッタリあってたんだ。
『赤ちょうちん』、ギターでイントロがつまびかれ、スティールギターのメロディが入り。

♪あの頃二人のアパートは 裸電球まぶしくて
♪貨物列車が通ると揺れた 二人に似合いの部屋でした

と、こうせつの歌が始まる。
それだけでもう、ひとつの世界が私の頭の中で広がっていった。

三畳一間、薄い布団にくるまり、汚れたカーテンのスキマから見えた月と星は、都会のネオンのせいか、すこしかすんで見えていた。下宿のすぐとなりを通っている阪神高速の車の音、横丁方面からの喧噪。それらを遠くに聴きながら私は自分の城で夜を過ごした。初めは耳障りだった騒音もいつの間にかそれほど気にならなくなり、初めのうちは心細かった夜も、日を重ねていくうちにあたりまえの日常になっていき。今まで会ったこともないタイプの大人たちと言葉を交わす毎日。全国から集まってきていた友人たちとの会話。都会の活気と人いきれ。名前を知らない数え切れない人たちと毎日すれ違いながら、私は大阪という巨大な街で子供から大人への階段を上がり始めたのだと思う。


半年ののち、私は通天閣2丁目を離れ、4畳半の下宿に引っ越した。
あれから40年近くになるけれど、今でも『赤ちょうちん』のイントロを聴くと、通天閣界隈とジャンジャン横丁の朝のすえた臭い、それから近くのラーメン屋でいつも食べてたラーメンライスの味を思い出す。

♪あなたと別れた寒い夜 公衆電話の箱の中
♪膝を抱えて泣きました
♪生きてることはただそれだけで 哀しいことだと知りました

あの頃はまだ知らなかった。生きてることがただそれだけで哀しいってことを。
そして、誰もがそうであるように、私もこの歌詞の意味を噛みしめる思いを幾度も重ねてきた。

この曲、歌が終わり、最後にパーカッションとハミングが続く部分がある。
その何秒間かで私は、自分が生きてきた何十年間かを一気に思い出すことが出来る。
深くなった手の皺を見つめながら。

貧しいながらもオッちゃんたちと空気を共有したあの半年は、一生忘れることがないだろう。
そして私を鍛えてくれたあの街のオッちゃんたちに本心から感謝している。
オッちゃんたちは間違いなく、青かった私の師匠だった。
いいことも悪いことも教えてくれた師匠だった。

gonbe5515


#土方(どかた)という単語は、現在『差別用語』として分類されてることを知りました。 
ですが当時はあたりまえに使われていた言葉ですし、私の師匠たちも自分たちのことをそう呼んでおられましたので、この記事でもそのまま使うことにしました。
by starforestspring | 2014-07-25 19:37 | 音楽 | Comments(2)

歌と思い出 『赤ちょうちん』1

半世紀を生きてきて、いろんなコトを経験してきたけれど、覚えてることは少し。
すっかり忘れていたことを、ふと思い出すことがある。

本を読んでて出会ったある言葉で。
懐かしい映画をまた観たときに。
そして久しぶりに取り出してきて聴いた音楽で。

先日、『かぐや姫フォーエバー』というCDを聴いた。
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『赤ちょうちん』のイントロで、なぜか・・・きちゃいまして。

『赤ちょうちん』のイントロについては、こちらでも書いたことがあるのだけれど、
振り返って考えてみると若い頃聴いていた “フォーク” “歌謡曲” には、あの頃の思い出がくっついてる曲が実に多い。

そういうのを思い出し思い出し、あの頃私が経験した事柄や感じたこと、大げさに言えば時代みたいなものを文章にすることが出来れば、自分自身の備忘録ともなるんじゃないだろうかと思った次第。

・・・・ちょっと風呂敷広げすぎた。

まあとにかく、
さしてとりえもなく、平々凡々とトシを重ねてきたおっさんの昔語りがこれから始まります。
こういうヤツもいるんだなあと、海のようにひろ~~いお心でお読み頂けるなら幸い。

シリーズ『歌と思い出』
初回は『赤ちょうちん』かぐや姫です。
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京都を出て大阪で一人暮らしを始めたのは18歳の春。
下宿先は大阪市浪速区通天閣2丁目。
地下鉄御堂筋線、動物園前駅で降り、ジャンジャン横丁を抜けたところの右手にあった。
下宿の先には劇場と飲み屋さん、食堂、それから通天閣。
下宿の裏の道路を挟んだ向こう側は天王寺公園。天王寺公園を突っ切った向こう側が天王寺駅と近鉄デパート。

初日の夜、私の部屋の向かいに住んでたオッちゃんから
「にいちゃん、彼女おるんか?」と、いきなりプライベートに突っ込んでくる質問。
「いや・・おるような、おらんような・・です。」
「ほうか、そやけどにいちゃん、彼女おっても、絶対この部屋に呼んだらあかんで」
「え?女は立ち入り禁止なんですか?」
「アホ!駅降りてジャンジャン横丁を若い女ひとりで歩いてみい、無事に横丁抜けられへんで」
「・・・・」
「それからな、にいちゃん」
「はい」
「暗なってから公園歩いて天王寺駅に行ったらあかんで。行くんやったら地下鉄使い」
「なんでですか?」
「年に・・そやなあ4~5人くらい、後ろからナタで頭かち割られて死んどんねん」
「・・・・・」


18歳の青年の想像を超えた世界が待っていそうな通天閣、ジャンジャン横丁界隈。
私の下宿生活は向いの部屋のオッちゃんの、そのアドバイスから始まった。

                       <つづく>

gonbe5515
by starforestspring | 2014-07-24 17:54 | 音楽 | Comments(0)

多部未華子さん in Bali

昨日、久しぶりに多部未華子さんをテレビで拝見しました。
おひさしぶりです。さいたまでの舞台はいまだに鮮烈な記憶として残っています。

残っているのですが、昨夜の番組での多部未華子さんは、舞台で見せた張り詰めた緊張感とか厳しい表情、明るい笑顔と戸惑い、そして涙顔とは全然違う、実にのどかな表情でいらっしゃいました。
こういうところがね、魅力の一つなのですよ。

バリのデザートを食べたとき、昼食の味を聞かれたとき、市場で珍しいモノを見つけたとき、多部未華子さんは決して凡庸な言葉で表現されませんでした。
「カワイイ」
「オイシイ!」
そういうなんにでも通用する、どうとでも取れる、それしか言えないのかという安直な表現ではなく、自分が感じたことを自分の言葉で具体的に語られる。さすがです。才媛と呼ばれる所以ですね。
かと思えば妹さんからの「彼氏はいますか?」との質問に対して、しどろもどろになってしまい、逆質問して話を上手くそらしたり、スチールカメラマンだったお兄さんに対して何度もきついツッコミを入れてたり。あのへんのフットワークの軽さもまた、お人柄がにじみ出てますね。

田植えのシーンはご愛敬でしたが、「文化を守る」というお父さんの言葉に対して、いろんなことを考えていらっしゃたように思えます。
多部未華子さんに、“思索”の表情はお似合いですよ。

ラフティングのときの太ももは、実にまぶしくて、私目をそらしたり凝視したり。
あれは制作側のサービスなんでしょうか?
ああいうのを見せられるとおっさんはほんとうにドギマギしてしまいます。
他の女の子のを見てもドギマギしないのになあ。不思議だなあ。。

ひさしぶりに拝見した多部未華子さんはお元気そうで、なによりでした。
次なるご登場を鶴のように首を長くしてお待ち申し上げております。

                三拝九拝


gonbe5515


次回からまたまた新シリーズを始める予定。
原点回帰と申しましょうか。
やってみたいと思ってたことを行動に移そうとおもいます。
by starforestspring | 2014-07-22 19:57 | 多部未華子さん | Comments(0)

今ドキの・・・

【私】
昔から結構なマイペース男子でありました。
自分が選んだモノとか好きなコトとか音楽ですとか、そういうものが周りと違っていても、あまり気にならなかったし。違ってあたりまえ、同じであった場合こそビックリ!でありました。

誤解しないでいただきたいのですが、そのことで「俺はみんなとは違う種類の人間なんだ!」とふんぞり返っていたのではなく、「違っててスミマセン」と、部屋の隅のほうで、ひっそりとそれでも自信だけは持って座ってるタイプだったと思います>自己評価
だもんで、当時の大人たちの『今ドキの若いモンは・・』という言葉に続く指摘と私自身とはかけ離れた場合が多く、それが故に私は、大人たちの『今ドキの若いモンは・・』と言う言葉に反発していたものです。そんな私が昨日、『今ドキの若いモンは・・』なんて記事を書くんですから、思えばなんて勝手なオッサンでしょう。

昨日の私の記事で『一緒にするな!』と立腹した若いモンたちが存在するはずということは重々承知しております。それがわかっていてもなお!そういう若いモンの顔を思い浮かべながらでも!言わずにはいられなかったこの気持ち。
私は昨日はじめて、当時の大人たちの気持ちはこんなんではなかったかと想像する次第です。


【車】
昔は、走ってる車を見れば、運転している人のことがある程度想像出来たものです。
カローラ、サニーに乗ってる人。
クラウン、セドリックに乗ってる人。
セリカ、フェアレディに乗ってる人。
ミニキャブ、N360に乗ってる人。
・・・・ベンツに乗ってる人。

ドアを開けて降りてくる人は、車から受けるイメージとそれほど変わらない人たちでした>もちろん例外あり

それが最近はどうですか。
プラドとかランクルから150cmそこそこの女性が降りてくるし、レクサスからハタチくらいのおにいちゃんが降りてくるし、極めつけはZ-4を、シートを思いっきり前に出しておばあちゃんが運転してるのを見たとき!

いったいどうなってるんだと。

今ドキは車から人を判断することが出来なくなりました。
若い頃先輩に「ベンツには近づくな。追い抜くな。やり過ごせ」って教わったもんですが・・。


【お年寄り】
私は自分が出来ないことを平気でやってしまう人たちに無条件なる敬意と憧れとを感じるタチです。
みんなすごいなあと思ってます。
その中には怒濤の戦前戦後を生き延びて来られた『今ドキのお年寄り』も当然含まれております。
あの戦時中に私が生まれていたら、青年だったら、父親だったら。
どんな風に生き、どんな風に周りと折り合いをつけていたのだろうと。
もし、私の性格そのままであの時代にいたとしたら、周りからは扱いにくく、自分でも窮屈に生きていたことだろうと思います。
だもんで、『今ドキの年寄り』にも尊敬の念を抱いておるのですが、それでもやっぱり言いたいことはある。

「横断歩道を赤信号で渡るのはおよし下さい」
「制限時速50kmの追い越し禁止道路を30kmでしか走れないのなら免許を返納なさったらいかがでしょう?」

ホントに、お体は大切になさってください。

gonbe5515
by starforestspring | 2014-07-21 20:08 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

今ドキの若いモンは・・

このトシになると、結婚式や葬儀に出かける機会が多くなる。
一緒に仕事をしていた若いお嬢さんやお兄さんが所帯を持つ時に出かけるのは楽しいもんだけど、一緒に仕事をしていた人の葬儀に出かけるのは足も重いし気も重い。

他の土地で結婚式、葬儀に出た経験があまりないので、富山独特のものなのか、よそでもやはりそうなのかは知らないが、こちらの葬儀では、出棺の前にお棺の蓋を開け、亡くなった方と最後のお別れをしながらお棺に花を入れていく。(親族及び親しい方限定)その時の対面がね、なんともほんとに、悲しいやら悔しいやらで。自分もやがて・・と思う気持ちは、若い頃より格段に強くなってきている。やがて私も
『ついに行く 道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思はざりしを』
と、つぶやく日がくるのでしょうね。>みんな待ってろ。



さて、そんな昨日今日を過ごしつつ私は、結婚式・葬儀に出かけたとき、やっぱり周りの人々を観察してしまうのです。で、思ったのですね。
『最近の若いモンはいったいどうなっとるんだ』と。
ネクタイをちゃんと締められない、礼服を着てこないっていうのを前にニョーボに言ったら「そういう時代なんだから・・」と諭されてしまいましたが、昨日と今日のは絶対変だぞ。
“封筒にいれたご祝儀や御霊前を袱紗に包まず、ハダカで持ってくる”
どうだニョーボ、これは“時代”では片付けられまい。


封筒をね、掌に載せて水平に持ってさ、歩いてくるのよ受付に。
短い距離じゃないんですよ。
駐車場から建物に入って受付まで。>屋内の窓からそれを眺めてるヒマ人は私です。
んで、そのまんま差し出すのね。

ダメでしょ、これ。
知らないにも程があるでしょ。
恥をかいてる自覚もないんだろうなあ。



<理由その1>
親を含む年長者から、そういう決まり事を教わったことがない。(教えを乞うたことがない)
だから知らない。

<理由その2>
どうやって持って行けばいいか知らなかったのだけど、持って行き方を本やネットで調べる手間を惜しんで「ええやろこのままで」にしてしまう。

どっちかわかんないし、両方ともちがって、他の理由かもしれないけれど、そういう冠婚葬祭のマナーを知らないっていう点は同じ。知らないこと、わからないことがあったら知ろうとする、わかろうとする。そういう気持ちって、大切だと思うのです。

わからないことをわからないままにしておく。知らないままじゃ困るよな・・という状況で、なにもせず知らないままにしておくことを良しとする。
そういう人に、娘をやりたくはないですね。>発想の飛躍。


急用の電話をかけなければならない時に、電話ボックスを探したことがない、今ドキの若いモン。
欲しいものを探すのに、あちこちの店を探し回らなくてもいい、今ドキの若いモン。
暑さ寒さが耐えきれなくなったら、リモコンのボタンひとつを押せばいい、今ドキの若いモン。

そういう人が親になり、知らないから子供にもそれを教えることが出来ず、当然子供も知らないまま。気づいたら周りみんながそうなってて、掌の上に封筒をハダカで載せて駐車場から建物に入り受付に差し出すのが“あたりまえ”になってました。

そんな時代が来るのでしょうか?

・・・・来るわけないだろ!>gonbe心の叫び(強い願望入り)


gonbe5515

いやでもね、あれはホントに驚きました。
ひとりやふたりじゃないってことがね、とっても恐かった。
by starforestspring | 2014-07-20 21:21 | それでいいのか日本人 | Comments(4)


タベリストgonbe     よしなしごとつづり


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