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今日のできごと

『つばさ』第23週134回まで観ました。
伸子さんがぽてとを去り、斉藤さんは川越を出て行くらしい。
浪岡さんもなんだかあやしいし。。
残り少なくなってきたので、このへんからすこしずつキャストがフェードアウトしていくってことなのだろうか?

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『用心棒 日月抄 孤剣』を読み終わりました。
返却にいったついでに、シリーズ第4作『用心棒 日月抄凶刃』を借りてきました。
この図書館、藤沢作品を全集で置いてくれています(文藝春秋社刊)
他の巻もぱらぱらめくっていたら、先日DVDで観た『必死剣 鳥刺し』も載ってたのです。
原作やいかに・・・・と持ち帰り、凶刃より先に読んでみましたが、まあその、映画は原作に忠実であったと。。

この巻の目次を見るとおもしろいことに気づきました。

・必死剣鳥刺し
・隠し剣 鬼の爪
・盲目剣 谺返し
・たそがれ清兵衛

時代劇映画をよくご覧になる方はお気付きでしょう。
上記4作品はいずれも映画化されています。
 #三番目の映画化タイトルは『武士の一分』
 #それ以外は、原作題名と映画の題名は同じ。
これ以外には『蝉しぐれ』も映画化されてますね。
先日映画館で『小川の辺』という、東山クン主役の映画の予告編を観ましたが、これも藤沢作品です。

藤沢周平さんの作品は、監督さんたちの制作意欲をかきたてるのでしょうか?
それとも、藤沢作品原作で映画を作れば、ある程度のヒットは見込めるという、制作・配給会社の思惑が優先してるのでしょうか。
でも、映画化された作品の数で言えば、山本周五郎さんの方が圧倒的に多いんですよね。
黒澤監督も好んで山本作品を撮っておられました。

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FileMaker Pro11を買いました。
これまでず〜っとPro6を使い続けてきて、とくに不都合もなかったのだけれど。
38,000円。
もうすこし足すと『つばさ』DVDBoxの全部が買えるなあ・・と思いながら、レジで清算。
このソフトはまだ20世紀だったころにPro5を購入。
その後Pro6にアップグレードして以来、ほぼ10年くらいそのまんま。
その間、7・8・9・10とアップグレードのお誘いはとどいていたけれど、黙殺。
アップグレードの必要性を感じなかったんですよね。
『困って』なかったんで。

このソフトのおかげでどれほど助けられたことか。。。
エクセルより、こっちのほうが、私には向いている。
はっきりそう言える楽しいソフトです。

でもついに買ってしまいました。
fp5をfp7に変換する作業が必要だそうで、そのへん少々不安があります。
正規版で購入したので、Pro6はそのまま使うことが出来ます。
これまでのファイルはそのままにしてPro6で開き、
大量にあるfp5ファイルを徐々に変換していくことにします。
これまでのファイルが使えなくなったらそれこそとんでもないことになってしまうので。

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毎日暑い日がつづきます。
この時期に真夏日ですもんねえ。。

明日から7月。
去年の8月に独立して以来、1年目の最後の月。
契約更改の月です。

私にとって “熱い” 7月になりそうです。
ふんどししめてかからんと・・・・。


   gonbe
by starforestspring | 2011-06-30 22:57 | 雑感 | Comments(0)

『つばさ』第21週 しあわせの分岐点

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そこからしあわせが始まった分岐点。
そこからふしあわせが始まった分岐点。

ああ、あれが・・・っていうのは、誰しも持っていますよね。
しあわせの分岐点は、思い出すたび微笑みがついてくるでしょうけれど、
ふしあわせの分岐点は、後悔と自責と、それから・・・未練でしょうか。

私は家族の暖かさというものとは無縁でした。
いつも明るく、時には喧嘩もするけれど、お互いが愛情と信頼でもって結ばれている。
そういう家族に憧れていました。

心の闇。

私にとってそれは、願っても手に入らない、自分ではどうしようもない現実について考える時やってきたように思います。

玉木家の人々。
母が家を出たあと、つばさを中心に日常を過ごしていた頃、そこにも闇はあったのです。
ただみんながそれをそれぞれの心の奥深くにしまい込み、自分自身でフタをかぶせ、他人には見えないようにしていた。
それは家族に対してでも。

トラブルメイカーの母が戻ってき、平穏というオブラートで包まれていた日常が少しずつ壊れて行く。
でもそうすることでまた最初から組み立てる作業をはじめることが出来た。
自分自身が。
家族というものが。
砂で作られたお城ではなく、木材で堅く組まれたお城に変わって行く。
『つばさ』はそんなドラマのような気がします。

親子という関係に、人間同士という関係を重ね合わせること、それは可能でしょうか。
人と人である前に、まず父と娘。父と息子。それは母としても同じ。
親である前に、子である前に一人の人間として相手と向かい合う。
これはなかなかに困難なことのような気がします。

親と子であるからこそ出来ないこともある。
ですが、それが出来た時、親と子という自らが望んでそうなったわけではない関係に、自らが望んで築いた関係がプラスされる。

そこに生まれるものは、間違いなく以前よりも強い“絆”でしょう。



ドラマだから。
創作だからこそ出来た“絆”と言う人もいるかもしれないけれど、
こんな家族もどこかに必ずいるに違いない。

そう思わせてくれる第21週でした。

私の分岐点だった七条京阪。
そこを私はずっとふしあわせの始まりとなった場所と信じていました。
けれど今は違います。

「ここが私の“しあわせの分岐点”でした」

そう笑って、あの駅のホームに、もう一度立つことが出来ると思います。

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  gonbe5515
by starforestspring | 2011-06-29 09:22 | 連続テレビ小説『つばさ』 | Comments(3)

用心棒と鳥刺しと美しい食べ方と・・なんじゃそりゃ?3


昨日の続きです。

・・・某バラエティーのような、しつこい“引き”はなしにしておきます。


1.口の中に食べ物を入れながら喋る(口の中が見えるのは最悪)
食事中に会話がはずんだり、自分に対して質問をされたりすると、すぐ対応したくなって、食べてる最中なのについ喋ってしまうってことはありませんか?
口の中のものを飲み込んでから喋るのはガマンがいりますが、大切なガマンです。

2.肘をついて食べる。
子供のころってこれはむずかしいのでしょうか。
娘たちは何べん注意してもやってしまうようです。
でも言い続けないといけないと思っています。
これは絶対にやめさせたい。
昔、まだ日本の食卓が欧米化されていない頃、つまりテーブルではなく、お膳でご飯を食べていた頃はこんなことはなかったはずです。
肘をつこうにもつきようがないでしょ?お膳じゃ。
ちゃぶ台の登場あたりからでしょうか、肘つきが出始めたのは。

3.テレビを見ながら食べる。
これも多いかもしれません。
私が不思議なのは、テレビを見ながら食べている人たちの顔の向きです。
夫婦だけならまだわかるのですが、長方形の各辺に一人ずつ座ってるような配置の場合、どこにテレビが置いてあっても誰かが不自然な方向に首を曲げることになってしまいますよね。
  #松田優作さんが出ていた映画『家族ゲーム』のような食卓は例外。
そういうのって、人は平気なんでしょうか。
私はイヤだ。

一緒の時間にごはんを食べる。
それは家族の楽しいお食事タイムを持つことが目的のはずなのに、目を合わせることもなく、会話もなく、一方的に送られてくる映像をみつめているなんて変だと思うのです。
いや、同じ番組を見て、同じところで笑い、感想を述べ合うことが家族の絆を強めるのだ・・という意見も出てきそうですが、それだったらその番組が終わってから食べるか、録画しておいてあとから見ればいいわけで。

4.食事時にかかってきた携帯に出る。
これって腹立ちませんか?
商談中、相手にこれをされて、私、席を立ったことがあります。
今目の前にいる私はなに?って気がします。
商談に入る前に、マナーモードや電源オフが当然の対応でしょ?
まあ、それを忘れてしまっていて、電話が鳴ったとしましょう。

なぜ出る?
切れよ!

ちなみに・・・
私、緊急の用事とか、大事な相手からの電話がいつかかってくるかわからない状態の時に、たとえば面接とか商談とか打合せとかを始めなければならなくなったら、それが始まる前に相手に一言断りをいれておくようにしています。
もちろんそれすらマナー違反だと自分では思っているのですが、かかってくる前に目の前の相手に一言いっておくことは、その失礼さを多少なりとも軽減する効果はあると思うのです。

5.怒ってるときに食卓につく。
まわりの人に迷惑だからやめましょう。
美味しいはずのご飯の味がぬけてしまいますから。
っていうか、怒ってる時にご飯を食べられないでしょ?

6.本を読みながら食べる
これは3と同じような理由。

7.手をつけたおかずやご飯を残す。
作った人に謝れ!と言いたくなります。
とても食べられそうにない量を出されたら、あらかじめ断るか手つかずにしておくのが礼儀でしょ。
味がまずいのが理由でも、文句は食べきってから言ってほしい。

ホテルの朝食ビュッフェや、ビュッフェ形式のパーティーとかでよく見るのが、食べられないままお皿の上に残された大量の料理。
どうするんだよそれ・・・。


いろいろ書きましたが・・・。

おっさんのひとりごととお受け止め頂ければありがたい。
心にためてることを書くことで発散できるって効能もありますので。


おまけです。
昨日の懺悔につづき、今日は告白を。
実は私、混ぜるのがダメなんです。
納豆とかはいいんです。一種類のものをまぜるのは。
二種類以上のものを混ぜるのに、どうしても抵抗がありましてね。
ビビンバって、混ぜなきゃ美味しくないと思うんですが、出来ることなら、混ぜないで食べたい。
どうしても食べなきゃいけないんだったら混ぜるのは別の場所でやってほしい。
しょうゆをかけた大根おろしを混ぜるのもいや。
かき氷もシロップがかかった部分と、かかってない部分とは別々に食べたいクチです。
カレーは・・ごはんの上にルーを載せますが、混ぜ合わせることはできないですね。


食べる。
本当に、“素”が出る行為だと思います。
どうせ食べるなら、みんなが楽しい気分で食べられるよう、お互いが少しずつ気配りしたいものです。

焼魚、骨だけ残してきれいにたべようね、浪岡さんみたいに。


   gonbe

女子サッカーワールドカップ、初戦勝利おめでとう。
ちょっとバタバタしてましたが、勝ってなにより。
つぎはメキシコ。
男子と同じく、体は小さいけど、パワーにあふれたサッカーをするチームみたいですね。
楽しみにしています。


『つばさ』は123回まで進んでます。
レビューはまた日を改めて。
by starforestspring | 2011-06-28 17:46 | 雑感 | Comments(0)

用心棒と鳥刺しと美しい食べ方と・・なんじゃそりゃ?2

別に私はマナー教室を開こうとか、食の作法についてこうあるべきだ・・なんておおげさな主張をするつもりはないのです。

ただ食べるということは、それ自体すごく本能的な行為で、モロに“素”が出てしまうと思うわけです。
だもんで、食べ方を見るとなんだかその人の素の部分を垣間見るような気がしましてね。

「え?え?・・・(絶句)」

もあれば

「おお~~っ!(感動)」

もあるということですよ。



さて、昨日のつづきを始める前に、
私はここで懺悔しておかなければならないことがあります。。

「私は結婚以来、朝食の時だけ新聞を読みながらトーストを食べていました」


おい!おまえそりゃ話が違うだろ!
なんだよ昨日の偉そうなネタ振りは!

はい、ご指摘甘んじて受けさせて頂きます。
これは間違いなく美しくない食べ方です。
でも私はそれを承知の上でしていたのです。
なぜか?

仕事に必要だったからです。

結婚したときから、ニョーボに「朝食のときは新聞を読むので承知してくれ。新聞の情報は仕事に必要だから」と宣言して、10年以上それを続けてました。

当時私は営業職でして、とにかく人と話をすることが仕事のほとんどを占めてました。
事務仕事とか、データ処理なんかはひとまかせ。
とにかく喋って、聞いて、契約を獲って、それで給料をもらってたわけです。
どんな趣味の人と話をするかわかりませんし、どこの県出身の人と話をすることになるかもわかりません。
ですので、とにかく大量の情報が欲しかった。


新聞を隅から隅まで、
極端なことを言えば、一文字も漏らさず読むことで、私の頭の中には広く薄くではありますが、データが集積されていきました。
Jリーグの勝敗、大リーグの勝敗、日本のなんていうところでなんていうお祭りが始まったか、政界における法案の行方、トヨタがどんな車を出したか、株価の変動はどうか、発表された天気の長期予報の内容は・・・。
そういう情報を頭に入れておき、相手によって使い分ける。

これは有効でした。
実に有効でした。
地元の人間しか知らないようなことを、目の前の相手がネタに振ってくる。
そういう驚きを相手に持ってもらえたら、そのあとの話はスムーズに進みます。


ただ、
ニョーボには悪いことをしたと思っています。
彼女からすれば、毎朝毎朝、正面に座ってるダンナが自分のほうを向きもせず、片手にトースト片手にマグカップ、目を皿のようにして新聞の記事を追ってる姿をずっと見てきたわけですから。。。
もっと早起きをして、朝食の時間と新聞を読む時間を別々にとるようにしていれば、そんな思いをさせずにすんだのでしょうが・・。
試してはみたのです、早起き。
でも何度やっても無理でした。
今の私なら全然平気なのに。>今朝目覚めたのは午前四時!


正直、今でもクセはなかなか抜けませんが、基本読みながら食べることはやめました。
情報収集のために、新聞を隅々まで読むってことは続けていますが、その行為の目的は仕事ではなく趣味の域に入っています。


それが私の美しくない食べ方でした。

ごめんなさい。





・・・さて、身も心も軽くなったところで、昨日の続きを改めて。

私が“美しくない”と思う食べ方は、おおむね次のとおり。

1.口の中に食べ物を入れながら喋る(口の中が見えるのは最悪)
2.肘をついて食べる。
3.テレビを見ながら食べる。
4.食事時にかかってきた携帯に出る。
5.怒ってるときに食卓につく。
6.本を読みながら食べる
7.手をつけたおかずやご飯を残す。


それぞれのことについての意見陳述(?)はまた次回。

え?こんなところで切るのかよ!ってお怒りはごもっとも。

・・・でも、今日はここまでなんです。



#いや、一応最後まで書いたんですけど、あまりに長文になるので、迷惑かなと思って。


   gonbe

#なんだか品のないバラエティー番組のCM入れみたいですか?
by starforestspring | 2011-06-27 19:33 | 雑感 | Comments(0)

用心棒と鳥刺しと美しい食べ方と・・なんじゃそりゃ?

藤沢周平さんの『用心棒日月抄 孤剣』まだ読み終わっていません。
私にしては遅いペースです。
最近仕事が忙しくて帰宅が遅いというのもあるのですが、あまり遅くまで起きていられなくなったというのが一番かもしれません。
なんというかこう、ベッドに横になって本を読み始めたら、ヘタすると30分以内に寝てしまうようです。
座って読んでる分には全然問題ないんですが、なんとなく横になって読みたくなるんですよね。
ニョーボは「横になって本が読めるなんて・・・信じられない!」と言っております。
  #もちろん賞賛の意味じゃありませんので、お間違えなく。

この物語に佐知という女性がでてくるのですが、もしこの物語がドラマとか映画になるとしたら、この役を多部未華子さんにやってもらいたい・・そんな女性です。
主人公の青江又八郎(かなりの剣の達人)と、いい勝負するほどの強い女性でしてね、手裏剣の名手やら小太刀の達人やらの手下を率いてる人なのです。
忍び・・というんではないんですが、表舞台には決して出てこずに、藩のために働いている“嗅足組”という組の頭です。
詳しくはこの本を読んで頂くしかないのですが、そういう強い女性でありながら、かつて死闘を演じた又八郎と組んで仕事をするようになり、やがて・・・というお話です。
ただし、又八郎には国元に奥さんと子供がいます。

一度、そういうイメージがついてしまうと佐知の顔が多部未華子さんになってしまって困ります。
でも小太刀を構えて公儀隠密と戦うシーンなんて、多部未華子さんの目力の魅力が発揮されるんじゃないかなあと思わずにはいられません。


そうそう、先日同じく藤沢周平氏原作の映画『必死剣鳥刺し』のDVDを観ました。
どうだった?と問われれば、あまり人にお勧めは出来ないなあという映画だったです。
主人公が側室を刺す動機がよくわからないし、ヒロインとの距離が近づいていく様子も「え?それだけで?」だし。

ただですね、
豊川悦司さんの武士としての所作は見ていて気持ちいいですね。
ああ、こんなんだったのかなあと想像させてくれる振る舞いをしてくれます。
現代に生きる俳優さんが江戸時代の物語の役をするとき、今の俳優さんがちょんまげしてるだけっていう映画が多くないですか?
おじぎとか、土下座の仕方とか、歩き方とか、ご飯の食べ方とか、そういう日常のなにげないところで“現代”が見えてしまうと私はがっかりしてしまうのです。

そういう意味で、この映画の中の主人公とヒロインの食事シーン(下女も一緒でしたが)は、“画”になるシーンだったと思います。
三人が別々の場所で、黙々と口をモグモグさせている。
喋らず、笑わず、よそ見をせず、しかも背筋はまっすぐに。

うん、あそこはよかった。


私は、食事をしているときの姿勢とか行儀とか、そういうものがすごく気になるのです。
そういう場に触れる機会が多いので、これは必然かもしれません。

食べ方にしつけは出ますね。
これは絶対そうです。
家族で食事をしているテーブルをよく観察してみると、
親御さんの食べ方を子供はそっくりそのまま真似しています。

“正しいか正しくないか”というモノサシではなく、
“美しいか美しくないか”の違いを私は言いたいのです。

美しい食べ方をしている人を見かけると、ああきっとご両親にも教えられ、ご自身でも気にかけておられるんだろうなと思います。

最近、美しい食べ方をあまりみなくなりました。
そういうところを気にしなくなったせいもあるでしょうし、
親から子への伝承がしにくくなったという面もあるでしょう。
そもそも美しい食べ方を教わっていない親が増えているということもあるでしょう。

みなさん、食べ方には気をつけましょうね。
私みたいなヤツがどこかでこっそりチェックを入れてるかもしれませんよ。

こんなことを書くとまるで私が非の打ち所のない美しい食べ方をしてるように誤解されるかもしれませんが、ご心配なく。
私もふつうのおっさんです。
特に親から厳しくしつけられたわけではありません。(がさつな男親に育てられましたしね)

美しいのとそうでないのとをわける違いは、案外小さなところなのだと思います。
江戸しぐさでいうところの“傘かしげ”みたいな。
そんなのあたりまえだろう?っていう程度のことで、美しいかそうでないかが決まってしまうのです。

つづきはまた今度。

   gonbe
by starforestspring | 2011-06-26 19:25 | 雑感 | Comments(0)

コパアメリカと女子ワールドカップ

もうすぐコパアメリカと女子ワールドカップが始まります。

楽しみなんですよ。
特にコパ。
何ごともなければ日本代表チームもこの大会に参加するはずでした。
しかし、あの大震災が。

これも天の配剤。
そういう巡り合わせだったのでしょう。
たらればは禁物です。

BSでは直前特集として、ブラジルとかウルグアイとかの親善試合の様子を見せてくれていました。
ネイマール、やっぱりすごいですね。
なんというかその、想像を越えたプレーを見せてくれます。

え?
あ、あれ?

そうつぶいやいたのは二度や三度じゃありません。
ああいうプレーを目の当たりにすると、なんだか日本のサッカーとは根本的に違うってことを見せつけられるような気がします。

創造力。
技術。
丸いボールと一対一で、心からの会話をしたものだけに降りてくるものなのかもしれません。

コパアメリカ。
サッカーが好きな人には見逃せない大会です。


今日は食事の時のマナーについて書くつもりだったのに、どこでどう間違ってこんな話に・・・。

   gonbe

オリンピック最終予選進出決定もめでたい話。
ひさしぶりですもんね。
by starforestspring | 2011-06-25 22:42 | 雑感 | Comments(0)

玉木家の食卓

ふと思い至ったのですが、
『つばさ』では、かなりの頻度で食卓を囲むシーンが出てきます。
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過去のシーンを思い浮かべてみると・・・・。
“おかん”が準備した食卓と、加乃子が準備した食卓とでは歴然とした差があるような・・・・。
#記憶に頼って書いてます。裏付けはありません。あくまで感覚での話。


まあ、それはそれとして・・・。

朝の食卓風景を描写するっていうのは、連続テレビ小説の定番なのでしょうか?
もう観なくなったのでよく覚えてないのですが、今やってる『おひさま』でも真央ちゃんとその家族の食事風景がよく出ていたような気がします。
#新聞等ではかなり好意的な記事が書かれているこのドラマですが、私は例の理由ですっぱり縁を切っています。

『つばさ』の舞台は言わずとしれた川越市。埼玉県です。
関東を知らない私には謎のエリアなのですが、朝食のシーンではたいてい納豆が出てきているような気がします。
つばさをはじめ、玉木家の面々は黙々と納豆をかき混ぜ、食しておられます。


納豆。
私の知る限り、この食物ほど人によって食べる所作の違うものはありません。

かき混ぜ方。
どれくらいかき混ぜるのか。
まあまあ・・のところで妥協するか、とことんかきまぜるのか。

なにを入れるか。
卵?カラシ?ネギ?醤油?ダシ?

ごはんにのせるかのせないか。
ご飯茶わんに盛ったごはんのてっぺんにどっさりのせる人、
納豆だけをまず口に入れ、しかるのちにご飯を食べる人。

糸の切り方。
くるくるお箸を回して切る人。
あれ?っと言う間に切ってしまってる人。

私は京都生まれの京都育ちですが、納豆に対する拒否反応はありません。
大阪はそうじゃないみたいですね。
通天閣界隈で下宿していたころも、神崎川に引っ越した頃も、
まわりで納豆を食べてる人を見た記憶はありません。

『つばさ』の多部未華子さん、
納豆を食べるシーンが結構あります。
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彼女は納豆をご飯にのせて食べるようです。
糸を切るためのお箸の回し方も、なんかクセがあるように見えますね。


映画でもそうですし、ドラマでもそうです。
なにげないシーンに、自分の知らない慣習、習慣、地域性を見つけることが出来ます。

関東。
やっぱり私にとってはワンダーランドです。

   
   gonbe5515

ちなみに私は
とことんかき混ぜ、カラシを入れ、納豆とご飯は別々に口に運ぶクチです。
糸の切り方は、お箸クルクルのほうですね。
ごはんと食べるより、トーストにはさんで食べるほうが多いかもしれません。
あ、お好み焼きにもいれますよ。

うーん、
これ、アンケートとってみたららおもしろいかも?
by starforestspring | 2011-06-24 19:15 | 連続テレビ小説『つばさ』 | Comments(3)

布教の日    ハンバートハンバート

これまでにも何度か取り上げている、意外に知られていないステキなグループ。

ハンバートハンバート
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私がこのグループを知ったのはBSのこの番組、彼らは加川良に連れられてやってきた。
流行歌
この曲は私が一番よく弾いていた曲でしてね。
よく歌ってました。


ま、それはともかく、ハンバートハンバートの曲を。
一時間
せつないほどの高音の歌声。
なぜ男は出て行くのだろう。
女は・・・本当に眠っているのだろうか。



前に一度ここに歌詞を書いています。
加藤和彦さんが亡くなった翌朝。
大宴会
ベートーベンの七番とこの曲を、私の葬儀にかけてもらうつもりでいます。
なんじゃこりゃ?な葬儀になるでしょうなあ。。。

なんじゃこりゃ? なヤツの葬儀ですから、それでいいんです。



次の曲ですが・・・
これはなんともいえぬ、不思議な雰囲気の曲です。
恐くて、遠い所から見ていたい怪物の登場。
ザザザザ ゾゾゾゾ・・・
でも、いつのまにか一緒に踊っている自分がいそうな、
そんなフシギな曲です。
怪物



そうかと思えばこんな曲もあります。

合奏は楽しい

どうです?
体が揺れてきませんか?
ナターシャーセブンの演奏を思い出してしまいました。
#アーカンソートラベラーとかデイブレイクインデキシーとか。


オフィシャルサイトはこちら。


私の住む町のTSUTAYAにはレンタルで置いていません。
こういうところになんていうかその・・・トホホなところが垣間見えてしまいます


というわけで、本日は“布教の日”とさせていただきました。



それではごきげんよう。

   gonbe

『つばさ』 vol11と12が届くのは明日かな?
by starforestspring | 2011-06-23 20:49 | 音楽 | Comments(0)

Macな人たち

もう10年以上前の話。

とある大きなMLで、MacユーザーのサブMLを作ってくださった方がおられ、Macな仲間達が集まって新しいマシンについてのレビューや新OSの情報交換、調子が悪くなった時の対処方法の相談等々、楽しい話で盛り上がっていた時期があった。

パソコンが今ほど“誰にでも使える”時代ではなく、取り組むためにはそれなりの勉強と、少しの思いきり、それから投資が必要だった頃だ。
もちろん、当時も“窓”の占有率はすさまじく、Macを使ってます・・なんて言おうものならレッドデータリストに載っている動物を観るような、不思議そうな、哀しそうな眼差しを浴びせられたものだ。

先日、久しぶりにMacFanを買った。
昔は毎号買っていたのだが、最近はとんとごぶさた。
仕事で“窓”を使うことが多くなり、自宅の愛機の前に座る時間が短くなってしまっている現状とそれは無縁ではない。

iPhoneにiPad、今のアップルにとって、このふたつが経営戦略の柱のようで、このふたつが記事に占める割合は相当高い。
次世代OS、“Lion”、“クラウド”についての記事もあるけれど、そこに漢字Talk7.5.3やOS8が出たころのような“ヤケドしそうなワクワク感”は感じられない。

今はもう、Appleの存続を不安視する要素はなさそうだし、今後もたぶん定期的に“次世代”が現れるに違いないという安心感からだろうか。

自分の使っているOSがレッドデータリストに載っているという自覚、それにしがみついていることに対する不安、だからこそ使うのだという使命感。
そしてたぶん、同じ気持ちでいるに違いない仲間との連帯感。
そんな気持ちが当時の私にはあった。

Macを使うということは、そういう複雑な感情と引き換えに、“窓”の連中には絶対理解できないだろう“同士”に対する愛があった。
#それが“窓”に対する八つ当たり的な敵愾心、拒否反応を生むことにもなったが。

今、
MacというOSはレッドデータリストから外れたに違いない。
あの頃、雑誌の端々で観られたヤケクソ気味な記事も、どこまでいく気なんだ?と思うほどのマニアックな記事も、ここにあるMacFanにはカケラもみられない。
平和な、のどかな空気がただよう、とても“優等生的”な本になっている。


それは悲しいことではないけれど、
少し寂しいことではある。


あの頃、“真っ暗バー”*1に集った同士たち。
今も元気にやっているかい?

   gonbe

*1 真っ暗バー = MacLover   Macを愛する人たちが集うバーの意。
  真っ暗なのは“窓”がないため。
by starforestspring | 2011-06-22 21:20 | 思い出 | Comments(1)

二十歳の夏のおわりにつばさは・・・・

『つばさ』 第18週108回です。

私、自分のニブさに、穴があったら入りたいほどです。
『二十歳の夏のおわりに』
この週を、「幕の内弁当食べてるみたい」と書いてしまった6月19日の自分に、枝雀さんのモノマネで「あ〜ほ〜〜」と言ってやりたい。

この週、知秋とトミー、それからナコピーの陰に隠れて、つばさはすっかり影が薄くなっていました。
でも、後ろのほうでおとなしくしながら、彼女はずっと自分の気持ちと向き合っていたのですね。

ごはんを食べながら。
富司と紀菜子のことについて知秋と語りながら。
布団の中から天井の節穴を数えながら。。。
ずっと過去の自分と向き合っていたのですね。

「二十歳の夏の終わりに」
このタイトルの示唆するところを、どうして想像しようとしなかったのでしょう。
失意のどん底で家を出た、家を出るしかなかった。

そんなとき、つばさはどうする?
第一回からずっと見てきた玉木つばさならどうする?

よ〜く考えてみればわかりそうなものです。


ああ、私は上っ面だけしか見ていなかった。
トミーは、あの頃と同じように、やっぱりラガーシャツを襟立てて着てるんだなとか、
ナコピーの目ってあんなだったけ?とか、
知秋の首と上腕、やけに太くなったように見えるけど気のせいかな?とか。

そんなことばかり考えて“二十歳の夏に家を出た娘”の心情に気を回さなかったのです。



お捨ヶ淵。
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お捨ヶ淵に語りかけるつばさ。
「私はいつのまにかおかんって呼ばれるようになって、夢を見ることも忘れてた」
「翔太のことが好きな自分が好きだっただけ」
「こんな私につきあってくれてごめんね」
「これからはちゃんと自分の夢をみつける」
「翔太に負けないくらいの夢、自分で見つけてみせる」
「だから私・・・・・がんばる!」
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長瀞でつばさは、自分の力でこの結論にたどり着いたのです。
“二十歳の夏の終わりに”つばさは、誰かのためではなく自分のために、
自分の夢の実現のために第一歩をふみだす自分になれたのです。

お捨ヶ淵に過去の自分を捨て、新しい自分が生まれた。
それが“二十歳の夏の終わり”のことでした。


生まれ変わったつばさの表情。
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ふっきることが出来た強さと清々しさにあふれた笑顔じゃありませんか?
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大きくジャンプするとき、人は一旦体を沈めて力をためる。

それが第18週のつばさだったということです。


gonbe5515
by starforestspring | 2011-06-21 17:43 | 連続テレビ小説『つばさ』 | Comments(4)


タベリストgonbe     よしなしごとつづり


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