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オリエンタルランドの落日 5

=復活への提言  キャスト=


パークのあちこちにいるキャストたち。
出身、性格、得手不得手、身体的特徴・・・
違いを挙げればキリがない。
同じキャラクターの人は絶対にいない。
だが、

『ディズニーが好きであること』
『ゲストの笑顔が好きであること』
『心が元気なこと』

これらの特性はキャスト全員に持っていてほしい。


キャストはパークというステージで“演じ”なければならない。
演じるといっても、俳優や女優のように脚本に併せて性格を変えたり、表情・雰囲気を変えたりすることを要求されてはいない。
キャストがパークで要求される演技は、

『いつも笑顔でいること』
『明るく元気なこと』
『ゲスト一人一人を観察していること』

ではないだろうか。


オリエンタルランドがディズニーランドを作り、
そこでキャストというそれまでの日本にはなかった新しいキャラクターを配置し、
ゲストを心から楽しませていた頃、
私はその秘密を知りたくていろいろな関連本を買いあさった。
今、これを書きながらその本を探してページをめくることを、あえてしていない。
本から仕入れたオリエンタルランドの目指すものをここで紹介しても意味がないと思うからだ。
一人のゲストとして、キャストにこうであってほしいと願うものはなんだろうと思い巡らしたとき、出てきたのが上に書いたものだ。



アンバサダーホテルと、道路をはさんだ向かい側にオリエンタルランドがある。
ホテルの向かいの歩道を、いつも人が歩いている。
その流れはいつまでも途切れることなく、オリエンタルランドの門に吸い込まれていく。


実は私、
毎年彼らの歩く姿を観察している。
彼らの歩く姿を見ることが、楽しみの一つと言っていい。
ホテルの窓から、バスの窓から、歩道を歩く彼らを観察していてきづくこと。
近年、
下を向いて歩いている人。
歩き方に元気のない人。
が多くなったような気がする・・ということだ。

“出番前”だからどんなにしてたって勝手なんだけれど、
それでも彼らの様子から仕事に臨む“期待感”とか、“高揚感”とかが感じられないことが多くなってきたように思う。


かつては・・というのはよそう。
過去と比較するのも、もうよそう。


若者たちよ!
君らは“栄えあるキャスト”なのだということに誇りを持ちたまえ。
君らがステッキを振り下ろした軌跡には、キラキラ光る星屑が無数に散らばるのだと思いたまえ。
君らが放った矢がゲストの胸に刺さったとき、ゲストは目の前にいる人に恋をするのだと思いたまえ。

地獄には閻魔大王、そして鬼がいる。
地獄にいる鬼には、鬼としての役割がある。
それは決して笑うことではない。そんなことは地獄では求められてはいない。

ディズニーにはウォルト、そしてキャストがいる。
ディズニーにいるキャストの役割とは?


地獄にいる鬼のようでしかいられないのなら、君は地獄で働くがいい。
だれも君の様子をみて落胆したりはしない。皆が地獄に来てしまった我が身を実感するだけだろう。
なぜなら、それが地獄にふさわしい立ち居振る舞いなのだから。

ディズニーで働くのなら、ディズニーで求められる役割を果たしたまえ。
ゲストが君を見、君と話をし、君に声をかけられたとき、
我が身が“夢と希望の国”にある・・ということを実感できるように。。。

   gonbe
by starforestspring | 2010-05-31 18:57 | ディズニーランド | Comments(0)

オリエンタルランドの落日 4

昨日までオリエンタルランドの落日というテーマで
=キャスト=
=ゴミ=
=ゲストの多様化=
について意見を述べさせていただいた。

これ以外にもいろいろ言いたいことはあるのだけれど、
それはあまりにも枝葉末節的なことなので割愛させていただく。

考えてみれば、
ディズニーランド、シーという素晴しいテーマパークを育ててきたオリエンタルランドという企業のスタッフに、現状に危機感を持っている人が必ずいるはずだ。
そしてそういう人は、現状の改善のために、さまざまな提案、手段を講じてくれているものと信じたい。

私のような内情を知りもしない部外者が、ああだこうだと勝手なことを言うのもどうかとは思ったのだが、
長らくこのパークを愛してきた者として、少々の苦言を呈することは許されるのではないかと思い、書いてきた。

明日からは、自分自身が提示した落日の兆候を、どうすればいいと思うかを述べていきたいと思う。


   gonbe

※※
今日は、終業間際に急な会議が招集され、
楽しみにしていたイングランド戦もライブで見ることが出来なかった。
ニュースで敗戦を知ったけれど、
途中の戦いぶりを録画を見ながら検証したいと思う。
そのことについてはまた日を改めて。
※※
by starforestspring | 2010-05-30 23:36 | ディズニーランド | Comments(0)

オリエンタルランドの落日 3

=落日の兆候<3> ゲストの多様化 =

ランドやシーには、いろいろな国の人が集まってくる。
同じ日本であっても、関東圏だけではなく、東北、九州、四国、全国から様々な人が集まってくる。
世界からは中国人、アメリカ人、韓国人、イギリス人・・・。

国籍の違いは、マナーのレベルの違いでもある。
ある国においては恥ずかしい行為であっても、ある国においてはごく自然な行為であったりする。
たとえばパジャマ。
日本人にとっては、いやアメリカ人やイギリス人・・にかぎらず、地球上のほとんどの国においては、
パジャマを着るのは自宅の中だけ・・・だろう。
ところが、中国の一部の地域ではちがうそうな。
ちょっと信じられないですけどね。パジャマを着て、外を歩くんですよ?

ランドやシーを訪れる人たちのモノサシが、ひとつではなくなってきた。
昨日書いたゴミのこともそう。
どんなふうになっていたら“ちらかっている” “汚れている”と思うのかは、
お国柄や、個人の生活環境によって違うはず。
私のことを言えば、昨日書いたように通路にゴミが落ちているだけでガッカリしてしまうのだけれど、私の隣にいた人はなにも思わなかったかもしれないのだ。

これほどあちこちの国から集まってくるようになると、
日本における常識とか、告知しているからみんなわかってくれているだろうとかいうのは思い込みでしかない。
日本でよく言われる阿吽の呼吸とか、暗黙の了解なんていうのは、通用しないのではないだろうか。

様々な国への様々な対策を考えなければならない中でも、
特に、今最も増加しているはずの、中国から来る人々への対策は重要だと思われる。
ランドの基準をどのようにして彼らに伝えるのか。
彼らの常識が、ランドでは通用しないこともある・・ということをどうやって伝えるのか。

たぶん、世界中のどこの国よりも、今の中国は“ノって”いる。
“ノって”いるというのは、恐いものなしだ。
自らのモノサシがすべての基準になってしまいがちなのだ。
そしてたぶん、それはやむをえないことなのだろう。
高度成長期、日本自身がそうであったように。

だからこそ、
行列は整然と並ばなければならないということ。
割り込みはしてはいけない行為だということ。
アトラクションによっては静かにしなければならないことがあるということ。
ゴミはゴミ箱に捨てなければならないということ。
そういうことをどうやって伝え、どうやって守ってもらうようにするかを考えなければならない。

もちろん中国だけのことを言っているのではない。
ランドに集まってくる様々な国の人たちに、どうやってランドのルールを守ってもらえるようにするのか。
ディズニーランドはただの遊園地ではなく、“独立した夢と希望の国”なのだということを、どうやって周知するのか。
自らの国であたりまえにやっていることが、
この“独立した夢と希望の国”においては通用しないこと “も” あるということをどうやって周知するのか。

キャストはディズニーという国の国民だと思う。
そして我々ゲストは観光客。
『郷に入れば郷に従う』ではなく『郷に入ってもお里のまんま』を看過したときに、国の誇りや伝統というものが無視されてしまうようになるのだ。

そしてそれは国が滅ぶことを意味する。

   gonbe
by starforestspring | 2010-05-29 21:30 | ディズニーランド | Comments(0)

オリエンタルランドの落日 2

=落日の兆候<2> ゴミ =

パークが汚くなった。
あちこちにゴミがある。
特に目立ったのはアトラクション入り口から、乗り場までのウエイティング用通路。
紙コップや、MAP、ポップコーンなど、かつてはこんなことなかったというぐらいたくさん落ちてた。
※あのエリアはカストーディアルキャストが来ないからしょうがないのか・・
※特にひどかったのがビッグサンダーマウンテン


パークのあちこちにゴミが落ちていたら、自分も捨てたってかまわないだろう・・と考えてしまうものだ。
なにも落ちていないところに、自分が最初にゴミを捨てるのは、変な言い方だが“勇気”がいる。

今回、娘がパークに入るとき、最初に言った言葉はこれだ。
「パパ知ってる?ランドのゴミ箱は8mおきにあるんだよ」
ガイドブックで仕入れた知識なのだろう。
彼女はランドに入ってすぐ、ワールドバザールで最初のゴミ箱を見つけると、
仕入れた知識を実証しようと、そこからおよそ8mと思われる場所まで走っていき、まわりを見回した。
確かにそこに、ゴミ箱はあった。

カストーディアルキャストの数が慢性的に不足しているのだろうか。
そのために担当する範囲が広がっているのだろうか。
だからこれまでなら見落とすことなど絶対なかったごみを見落としてしまうのだろうか。
それとも単に、昨日書いたようにカストーディアルキャストのモチベーションが下がっており、ゴミを見つけても見過ごしているのだろうか。
「まあ、いいや」と。

夜8:00。
スタージェットに乗りに行った娘たちを待つために、その下のベンチに腰掛けて待っていた。
10mほど離れたところにポップコーンの赤い箱が転がっていた。
私の横をキャストが一人通り過ぎていく。
黒い服を着た20代中頃と思われる男性。
彼が向かっている先に、その赤い箱がある。
彼はまだそれに気づいていないようだ。
私は彼の背中に念波を送った。

「拾え!拾え!拾ってくれ!」

やがてかれはその箱に気づいた。
そして、
その箱を拾い上げ、まわりを見回したあと、
その箱を持ったまま、建物のむこうに歩いて行った。

ありがとう。
君が箱を拾わず、そこを通り過ぎて行ってたとしたら、
本当に私はランドを見限っていたよ。


ランドは夢の国。
だからこそ富士山の見えるところではなく、
なにも見えない千葉の海を埋め立て、そこに建国したはずだ。
夢の国に、ゴミがあってはならない。
ゴミが出るのはしかたないのだけれど、それがパーク内にころがっていてはいけない。

ゴミがあちこちにあるパークは、もう「夢の国」ではない。
ゴミが増えると、ゲストの心もきっとすさむ。
ゴミが増えると、もう歯止めがきかなくなってしまう。

あちこちに目立ち始めた誰にも拾われないゴミ。
その数は、ランドの未来に対して鳴らされる警鐘の数だ。

   gonbe
by starforestspring | 2010-05-28 09:25 | ディズニーランド | Comments(0)

オリエンタルランドの落日

毎年恒例の東京ディズニーリゾートへ出かけてきた。
早いものでランドはオープンして27年。
大変残念なことだが、さすがのランドも疲れてきたように思える。


ディズニーランドは“遊園地”ではなく“テーマパーク”
漢字をカタカナにしただけ・・・ではもちろんない。
そこはまさしく夢の舞台だった。
初めてこのテーマパークに出かけて以来、すっかりファンになり、毎年家族を引き連れてはるばるやってきた。
しかし、
それも今年で終わりになるかもしれない。
ディズニーランドは変わってしまった。
そしてたぶんこれからもどんどん変わっていく。
どういうふうに?

“ただの遊園地”に戻ってしまうのだ。


兆候は以前からあった。

今回、帰りの京葉線のシートに座って考えた。
来年またこのシートに座ったとき、感じるのは失望ともしかしたら怒りかもしれない。
いやたぶん、きっとそうなる。
大好きだったランドからの帰り道がそうなるくらいなら、ランドを訪れるのをやめてしまった方がいいのではないか・・と。

ディズニーランドのなにが変わったのか。
夢と冒険の国が、現実の国に成り下がろうとしている原因はどこにあるのか。
私自身が考えたその原因をこれからの何日かにわたり話していきたいと思う。


=落日の兆候<1> キャスト =

ディズニーリゾートは、それまでの日本の遊園地で働くスタッフのイメージを根底から覆したところだ。
それまでの遊園地で働くスタッフは、チケットのもぎりや客の乗降の誘導など、アトラクションの番人でしかなかったのに、ディズニーでは彼らが来場者に積極的に関わり、来場者に対して夢と感動を与えようとそれまでの遊園地では決して見られることのなかった、さまざまなアプローチを行ってきた。

それまでの“遊園地”で働くスタッフは来場者に対して常に上から目線で接していたように思う。
来場者もまた、そこで働くスタッフのことは意識の外に置いており、アトラクションさえ面白ければそれでよしとしていたはずだ。

ディズニーランドは、違った。
ディズニーランドはそこに集まってくる人(ゲスト)を主役とし、その主役にディズニーランドというステージで行われるショーに参加してもらおうとした。
そして、スタッフは(ディズニーでは彼らをキャストと呼ぶが)そのゲストに魔法をかけ、感動を提供しようとしてくれた。

かつては、間違いなくそうだった。
キャストは皆、親切で明るく、実に楽しそうに働いていた。
だからこそ私は感動したし、毎年やってきてその感動を再体験し、それを糧にまた一年頑張れた。
しかし27年を経た今、残念ながら、キャストとはとても呼べない“スタッフ”が多くなりすぎた。
魔法をかける力と意志を持ち続けている“キャスト”がまだ残っていることは認めよう。
しかし、彼ら彼女らは、あきらかに少数派になってしまった。


今回目についた“スタッフ”
・笑っていないカストーディアルキャスト。
・足をひきずってだるそうに下を向いて歩くカストーディアルキャスト。
・ゲストの楽しい気分に冷や水をかけるような恐い目つきでパークを歩き回る女性セキュリティキャスト
・ゲストの目を見て、こんにちは”と言わないアトラクションキャスト
・パレードの開始を待っている時、ただ、そこに立っているだけで、まわりのゲストに注意を払っているとは思えないゲストコントロールキャスト
・ゲストが理解できているかどうかにお構いなく、入場に対する注意事項を聞き取れないような早口で一方的に繰り返すフードサービスキャスト(ケープコッド)


今回遭遇出来た“キャスト”
・レイジングスピリッツの乗車直前、肩掛けバッグやリュックをあらかじめ外しておくように説明していたキャスト
・ビーバーブラザーズのおにいさんたち(ここは他のアトラクションから離れているせいか、キャストが希少種として生存できているのかもしれない)
・ライドアンドゴーシークのアトラクションキャストはみんなが笑顔だった。
・タートルトークのアトラクションキャストは、楽しいインフォメーションをしてくれた。クラッシュのトークも絶妙で、クラッシュ役のキャストに会ってみたかった。


どうしてこんなことになってしまったのか。

  1.モチベーションの違いかも

 かつてのキャストの多くはディズニーランドにゲストとして訪れ、そこで働くキャストから感動を受けた人が多かったに違いない。
だからこそ、自分もキャストを目指し、キャストとなってからはかつての自分がそうであったように、ゲストに対して感動を提供しようとし、提供することが使命と信じていたはずだ。
しかし、今のキャストには、そういう感動体験を持つ人が減ったのかもしれない。
ディズニーで働くことが、“特別な意味を持つ”人ばかりではなくなってしまったのではないだろうか。

他の多くの“アルバイト先”とディズニーランドで働くこととを同列に位置づけているから、言われたことを言われたとおりにこなすことが仕事の目的となり、ゲストに感動を提供するというディズニーで働く者が絶対忘れてはいけないことを忘れてしまったのかもしれない。

  2.キャスティングセンターのスタッフの仕事に妥協が入り込んでいるのかも

キャストを教育、指導するセンターのスタッフに、「まあ、いいか」という甘えはないだろうか。
アルバイトの教育というのは、終わりのない仕事だ。
ここまでやったら大丈夫・・というゴールはぜったいにやってこない。

教え、育てたキャストは必ず辞めてしまう。
新しいなにも知らないキャストはどんどん入ってくる。
同じトレーニングカリキュラムを行い・・パークに送り出し、
ホッとする間もなく次の新しいキャストがやってくる。

その繰り返しは辛いものだと思う。
しかし、それを“繰り返し”と捉えていたらその仕事をこなすことが仕事の目的となってしまう。
キャスティングセンターのキャストの仕事は、
“ただの人をキャストに生まれ変わらせること”のはず。
キャスト以上にキャストらしくなければ理想は伝わらない。
そうであるべき人たちが“ルーティン”の枠に落ち込んでしまったら、
そういう人に教育訓練されたただの人は、やっぱりただの人のままだ。

それと、もしかして
人手不足を理由に、それまで採らなかったような人まで採ってはいないか?
今回パークを歩いていて、私の頭の上に「???」が飛び交うようなスタッフをあちこちで見かけた。
 ※一応私も人事担当なので、そういう部分への鼻は効くつもりだ。

ウォルトが目指した世界を実現するためには妥協は許されないはずだと思うのだけど。。


  3.平均年齢が上がったからかも

ランドで働く人たちの年齢が概して高くなっているような気がする。
かつてはいなかったような年代の方々があちこちで働いておられる。

その点について疑問を呈するとウチのニョーボは
「オープン以来働いている人が、トシを重ねただけじゃないの?」
と好意的に解釈していたが、私にはとてもそうは思えない。
もしそうなのだとしたら、
彼ら彼女らは他の若いキャストの手本になるように、
もっと笑顔で明るく振る舞っているはずだから。

経済不況が生み出した解雇の嵐。
その嵐に飲み込まれ、放り出された人、行き場のない人が、ここにやってきているのだろうか。

それを悪いことだと言うつもりはないのだ。
ただ、他の会社で長く勤めていた人が、ランドのような「感動を提供する」ことを目的とした他とは絶対的に違う職場で働くためには、徹底的な「洗脳」が必要になると思うのだ。

他の職を経験してきた人に対して最初にしなければ行けないことは「過去を捨てさせる」こと。
かつて勤めた会社での役職、仕事の流れ、言葉遣い。。。そして年配であるということのプライド。
そういうものを全て捨ててもらわねばならない。

経験というものが役に立つのは、同業の仕事に就いたときだけだ。
全く違う職種に就いた場合、かつての会社での“経験”は多くの場合邪魔なものでしかない。
年配の人間には、若輩の人間がもつ“恐いもの知らず”とか、“失敗したらその時はその時”というような、
ものごとを前向きに考える力が残念ながら決定的に不足している。
いわゆるプライドが邪魔するという傾向に陥りがちなのだ。

ランドで働く人は、夢見る人でなければならない。
理想を追える人でなければならない。
自分が働く場所が夢の国であり、希望の国であることを“信じきれる”人でなければならない。
そうでなければ、ゲストに感動を与えることなど出来はしない。(と思う)
年配の人間はあまりにも現実を知りすぎてしまっている。
ランドにとって最も遠ざけなければならないものを、彼ら彼女らはもうすでに知ってしまっているのだ。

平均年齢が上がったこと。
ランドにかつてのはじけるようなパワーがなくなってしまったのは、このことが決して無関係ではないと思われる。


“ゲストが主役”とウォルトは言ってくれたけれど、
訪れる立場から言わせてもらうと、ランドの主役は間違いなくキャストだ。
どんなにアトラクションが刺激的でも、どんなに楽しくても、仏頂面のキャスト(スタッフ)に案内されて乗るのなら願い下げだ。

なぜ、毎年“イッツアスモールワールド”に行くのか。
何が歌われ、どこで水が吹き上がり、次のコーナーを回るとどこの国の人形が現れるのか。
そんなことはもう知っているのに、なぜ出かけるのか。
ボートが出発するときに、笑顔で飛んでくる「いってらっしゃーい!」の一言が聞きたいためだ。

キャストの復活。
それこそが、かつてランド隅々に立ちこめていたあのオーラを取り戻すためになによりも先に取り組まなければならない対策だろう。

   gonbe
by starforestspring | 2010-05-27 20:18 | ディズニーランド | Comments(0)

0-2

もしかしたら・・・。
今夜のテレビの試合を見ながらふと思った。
“ジョホールバルの歓喜”は、実は“悲劇”の始まりだったのではなかろうかと

今日の試合。
これが、岡田監督が、ワールドカップに向けて何度も何度も“テスト”を繰り返した結果、「これでいくぞ!」と心に決めたチームなのだろうし、そうでなければいけない。

それがこの結果だ。
0-2
チャンスらしいチャンスも作れず、
ゴールと反対の方向へのパスばかり出し、
なにがなんでも!という気合いなどかけらも見えず。
唯一それが見えたのが最後の最後、長谷部の鼓舞だろうか。
それは結局二点目を失う結果に結びついてしまったけれど、あの姿を見た時救われた気分になれた。

本番に向けてあと二試合、イングランドとコートジボワールとの試合が組まれているそうだ。
協会はこの試合にかなりの期待を持っている様子。
「世界のレベルを肌で知る」
「仮想カメルーン」
等々。

でも、冷静に考えてみて欲しい。
本番直前の試合。
イングランドもコートジボワールも、どこまで本気で試合にのぞむことやら。
一番恐いのはケガ。
それを恐れて、ギリギリのプレーをするとは思えない。
勝っても負けても、あまり意義をもたない試合になるに違いない。

ジョホールバルで岡田監督が最後の最後に送りだした岡野が決めた決勝ゴール。
あの試合を岡田監督で勝ったことが、のちの監督人事を左右することになったのではなかろうか。
監督の評価は、情状ではない。結果だ。

「ジョホールバルの歓喜は、悲劇の始まりだった」

その思いつきがだんだん確信に変わろうとしている。

   gonbe

※明日明後日の二日間。お休みをいただきます。
by starforestspring | 2010-05-24 21:43 | 雑感 | Comments(0)

ちょっとセンチはいってます。

18才のとき、生まれ育った街、京都を離れた。
京阪七条の駅から。
父が、見送ってくれた。
特急が動き出したとき、父は私が乗っている車両と全然違うところを見ながら手を振っていた。
父はなぜ京都を離れようとする私を止めなかったのだろう。
小さな軽トラックの助手席に私を乗せて、七条に向う時、どうしてなにも喋らなかったのだろう。

以来、京都は自分の街でありながら、自分の街ではなくなってしまった。

故郷は、
故郷というものは、
結局思い出の中でしか存在できないものなのかも知れない。


『ふるさとは とおきにありて おもふもの そしてかなしく うたふもの』


遠くにあっておもうものは、ふるさとだけではない。
人生もきっとそうだ。
過ぎてこそわかるものが、人生というものなのかもしれない。

   gonbe
by starforestspring | 2010-05-23 23:35 | 思い出 | Comments(0)

K先生とM先生 2

昨日からのつづき>

職員室に入り、相変わらずたばこを吸っているM先生の横の椅子に座った。
前置きもなしにいきなり先生が言った。

「○○、おまえ国語の先生にならへんか?」

いきなりのことで言葉を出せない。
先生は続ける。
「K先生とも相談したんやけど、おまえは教師に向いてる。」
いきなり“向いてる”と言われましても・・・。

3年生になったばかり。
私は国語という“教科”にどんどんのめりこんでいた。
文章を書くおもしろさがわかり始めたのもこの頃。
M先生は、当時の私を教えながら、最も自然な私の“進路”を提示したのだと思う。



結論を言えば、私は教師にはならなかった。
昨日もいったが、当時の私はナマイキ盛りで、自分で集めた情報を自分で勝手に分析し、自分だけで結論を出し、出した結論を変えるということをしなかった。
今思えばホントにバカ。
ものごとを自分の方からしか見ることをしなかったのだから。

私の“独走”は、以後10年間続くことになる。
この10年は、思い出したくない10年だ。
どうしてもっと、周りの人間に頼らなかったのか。
どうしてもっといろんな人の意見を聞かなかったのか。
どうして・・・どうして・・・ばかり。

時間を遡り、あの頃の自分にアドバイスが出来るのだとしたら、ぜひ言ってやりたいことがある。
「おまえはまだ子どもなんだ!いきがるな!」

・・・言われた“あの頃の私”は、やっぱり聞く耳もたないにちがいないのだが。

あとで知ったのだが、
K先生とM先生は師弟の関係だったそうだ。
M先生が国語の教師になったとき、K先生は嬉しかったに違いない。
もし私がM先生の勧めに従い教師になっていたら、きっと、喜んでくれたに違いない。

先生、すみませんでした。
K先生とM先生の弟子として教師になり、一緒に食事なんかしてたらきっと楽しかったでしょうね。

>教師になれたかどうかという本質的な問題はこの際脇に置いておくとして。。


東宇治の職員室。
新設校という特殊な事情があの職員室の空気を生み出していたのだろうか。
先生の机に座り、本立てにある本を引っ張り出して読みふける。
その隣で、他の先生がテストの採点をしている。。。

もう遠い昔のことだ。

   gonbe
by starforestspring | 2010-05-21 19:39 | 思い出 | Comments(0)

K先生とM先生

東宇治高校に、K先生とM先生という、大変お世話になった先生がおられた。

K先生は東宇治が開校したときからいらっしゃった。
表情の穏やかな、やさしい先生だったが、たまに落とすカミナリは恐かった。
教科は国語であったが、専門は古典。
大変博識な先生で、授業を離れるといろいろと楽しいお話を伺った記憶がある。
ただ残念なことに、いつもK先生の授業を受けられるわけではなかった。

M先生は開校2年目に東宇治に赴任してこられた。
まだ若く、大きな目にメガネをかけ、いつもたばこを吸っていた。
教科は国語。専門も古典と、K先生と同じだった。

それまでそれほど面白いと思わなかった“古典”が、この先生に教わるようになってから面白くなった。
源氏物語の「若紫」
光源氏が垣根越しにまだ幼い紫の上とそのおばあさんを覗いている段のM先生の授業は、私にとっての大きな転換点だったと思っている。

当時の私はナマイキ盛りで、先生の好き嫌いで授業を受ける態度が180度違っていた。
嫌いな先生の授業のときはいつも窓の外をぼんやりながめているか、ノートのすみに落書きをしているか。
好きな先生の授業は窓の外など見ない。
先生の言葉を一言も聞き漏らすまいと、全神経を集中させていた。

まあ、好きの嫌いのと言っても、結局は自分自身の得意不得意の区別と同じで、
嫌いな先生は数学、物理の先生だったし、好きな先生は英語、国語、日本史だった。

M先生の授業を受けるようになって、初めての定期試験が終わったあと、M先生に職員室に呼ばれた。
職員室に入り、先生の前に立つと、先生は隣の椅子を勧めてくれ、小さな声で私にこういった。
「○○、どういうことや?」
「は?」
「正直に言うてみ。おまえ今度のテスト、なにをしたんや?」
「え?」
「ええか、おまえの今度の古典のテストの点、96点やねん。」
「おお!やった!」
「前の試験の時の点、16点やぞ。なんでこんなに違うねん?正直に言え。」

M先生が来られる前の先生が嫌いだっただけなんですけどね。
古典は嫌いな科目ではなかったけれど、その先生はどうしても好きになれなかった。
だからほとんど勉強しなかったし、テストも投げてました。
普通ならこんなこと、黙っておくんでしょうけど、ナマイキ盛りな私はペラペラしゃべる。
「前の古典の先生、おもろなかったんです。そやからやる気おきひんかったんです。」
「アホか!先生の好き嫌いで態度変えるな!」
えらい怒られました。

当時の東宇治は、職員室が“聖域”ではなかったので、生徒が先生のところへ出かけ、話し込んでることがよくあった。
もちろん授業でわからなかったことの質問もあったのでしょうけど、多くは“雑談”だったような気が。
私もよく出かけた。
音楽のW先生、国語のM先生(女)とはよく3人で話し込んでたし、英語のF先生からも楽しいお話をたくさん伺った。
M先生には、しょっちゅうガリ版(懐かし!)作りの手伝いをさせれらていたっけ。

三年生になってからのある日、M先生に呼ばれた。


人生のターニングポイントはいくつかあるというけれど、
あれも間違いなくそのうちのひとつだったと思っている。

続きます。

   gonbe
by starforestspring | 2010-05-20 23:02 | 思い出 | Comments(2)

ミノムシ

今朝、会社ヘ行く途中の県道で、ミノムシが道路を横切っているのが見えた。
ハンドルを切ってタイヤで踏まないようによけたけれど、あのミノムシはあのあと、どうなっただろう。

ウミガメの赤ちゃんは、孵化してすぐに海を目指す。
海を目指して必死に歩いている途中、多くの赤ちゃんが海鳥につかまってしまう。
生まれてすぐに、食べられてしまう赤ちゃん。
何匹かの赤ちゃんを海に導くため、多くの赤ちゃんが海鳥の犠牲になる。

あのミノムシは、タイヤにつぶされずに向こう側に渡れただろうか。
何十台とその道路を走っていくタイヤの間隙を、ただ“運のよさ”だけで渡りきることが出来ただろうか。

朝の光のなかで、ハンドルを操りながら、海鳥のくちばしにくわえられていくウミガメの赤ちゃんと、寄せてくる波に飲み込まれ、大きな海に入っていくウミガメの赤ちゃんと、車というものが走っているのも知らず、道路を渡っているミノムシの姿とを思い描きながら
生きる・・ということを考えた。

   gonbe
by starforestspring | 2010-05-18 22:31 | 雑感 | Comments(0)


タベリストgonbe     よしなしごとつづり


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