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月のウサギと電話ボックス

♪出たでた月が
♪まあるいまあるいまんまるい
♪盆のような月が

昨日の夜7時前、山の端から昇った月は、この歌そのまんまで笑ってしまった。
文明というものが存在しなかったころに生きた人類は、
空に浮かび、妖しい光を放つこの月を、どんなふうに見上げていたのだろう。

最近、まっすぐ前を向いている人を見かけることが少なくなったように思う。
運転しながら下を向いている人。
歩きながら下を向いている人。
自転車をこぎながら下を向いている人。
その目の先にあるのはケータイ。

本当に、みっともない姿だと思う。

あるメーカーが作っている最上級車には、
前の車と接近しすぎると、ドライバーの意志と関わりなくブレーキをかける機能が装備されている。
やがて、
人間はその機能を身体につけて歩くようになるのではなかろうか。
ケータイを持っていながらケータイに縛られる愚かな寂しい人間たち。
その原因を排除することを考えるのではなく、そうしながらも身の安全を守ることができる“機能をプラスする”ことを考えるに違いないのだ。

月を見たあとの帰り道、道路脇にある電話ボックスが薄い光を放って立っていた。
そういえば、
あの箱に入って電話をかけたのはいつが最後だろう。

♪あなたと別れた雨の夜
♪公衆電話の箱の中
♪ひざを抱えて泣きました

かぐや姫がこう歌った電話ボックス。
日本中のあちこちにあったその狭い空間の中で、いろいろなドラマが生まれていたはず。
今でもそこに、ドラマはあるのだろうか。

ケータイがもたらしたものはなんだろう。
ケータイによって、失われたものはなんだろう。

運転しながら、歩きながら、自転車に乗りながら・・・。
彼らはたぶん、昨夜の笑ってしまうほどのまあるい月に気づいていないに違いない。

   gonbe
by starforestspring | 2010-03-31 12:14 | 雑感 | Comments(0)

電車にのるか、車にのるか。

車を運転するようになってから、
公共交通機関というものを利用しなくなった。
公共交通機関が整備された大都市であれば、
何分か歩いた先にあるバス停、地下鉄やJRの駅を起点に、
いろいろなところへ出かけることが出来る。
しかし地方都市の悲しさ、
一時間に3本のバス、歩いて30分のJRの駅。
地下鉄はなし。ましてやモノレールなど。。
こういう環境では、バスや電車を使っての通勤や買いものなど不便きわまりない。

満員電車に揺られながら通勤する苦痛や、
停電で止まってしまった電車から降りて、線路の上を歩くなんていう経験をしないですむ反面、会社帰りの“ちょっと一杯”をするわけにはいかないし、車の維持費も家計を圧迫してしまう。

どちらがいいのかはわからないけれど、どちらが好きかと問われたら、電車で通勤だろうか。
>ああ、満員電車にこりごりしてる人たちからのブーイングが聞こえる・・
車の通勤というのは、単調だ。
刺激もない。
帰りはともかく、出社の時にすれ違う車の車種やナンバーは、だいたい覚えている。
>それほどすれ違う車の台数が少ない。

電車に乗るのはもちろんだけど、
電車に乗るための“イントロ”が好きなのだ。
ホームを歩く。
電車が来るのを待つ。
時刻表を見上げる。
駅のアナウンスを聞く。
ぼんやりまわりの人々を観察する。
まわりの光景を一切意識の外に追い出して、自分一人の世界に閉じこもる。
そういう時間が好きだった。
 #ばかばかしいかもしれないけど、大阪でのJRから阪急電車への乗り換えのために早足な人々の波に混じって梅田を目指すのは特に好きだった。
 
自分の都合で出発を決めることが出来、
自分の都合で右左を決めることが出来、
雨や雪が降っても困らない。
席の譲り合いや濡れた傘がズボンにあたる不快感とも無縁。
そういう車の良さはあるけれど、たまには電車にのってみたくなるときがある。

たまの機会に乗ってはみたら、
高校生とおぼしき女の子が鏡とにらめっこしながらメイクを仕上げていったり
片足を座席に持ち上げて、半あぐらをかいてる女の子がいたり(しかも制服のスカートはミニ)する。
そういうときは、乗ったことを後悔する。>なんで私が後悔しなければいけないんだか。

都会では、タフで打たれ強い精神をもつか、
見えていても、我関せずと無視をする。
そうでなければ暮らしていけないのかもしれない。

絶対ムリだね。


   gonbe
by starforestspring | 2010-03-29 19:25 | 雑感 | Comments(0)

山陰本線

京都駅の奥のほうに、山陰線乗り場がある。
乗降客がそれほど多くはない、ひっそりとしたホーム。
ここから電車に乗って、1時間。
名前も知らない駅でおり、一日を過ごしたことがある。

山を登り、頂上まで行くと小さな集落があった。
まわりは薄暗くなり、道がかすかに見える程度。
来た道を引き返す。
一本道のはずなのに、不安で不安で。

どれだけ歩いたろうか。
ようやく遠くに駅の明かりが見えた。
思わず知らず早足になる。

駅舎に腰かけ時刻表を見上げる。
次の列車まで30分。
それがほんのしばらく離れていた、現実の世界へ戻るのに要する時間だった。

中学二年の冬。
京都駅が昔の姿だった頃。

あれが初めての“センチメンタルジャーニー”

   gonbe
by starforestspring | 2010-03-27 23:11 | 京都 | Comments(0)

ハンナの裁判

昨日書いた「愛を読む人」
ドイツの人々は、この映画をどんな思いで観るのだろう。
ナチ。
それに加担した人は、すべて悪なのか?
当時のドイツ国民は、ヒトラーの演説に(全ての国民がそうではないにしろ)酔いしれ、
アーリア人であることに誇りを持ち、ユダヤ人に対して特別な感情を持っていたのではなかったか。

ハンナは、同じドイツ人によって裁かれた。
これはどういうことなのだろう。
ハンナを裁いた人々は、自分と同じ国民が行った過去の行為に対して、自ら“間違っていた”と宣告した訳だ。
ナチを台頭させたのはドイツ国民だ。
ヒトラーが倒れ、ナチが消滅したあと、ナチに加担した者に罪を宣告する。
なんの権利があるのだろう?

極東国際軍事裁判(東京裁判)は、戦争に勝利した国から派遣された判事によって裁かれた。
 #蛇足ながら、映画「東京裁判」は、私の思想に大転換をもたらした一作だ。
勝者が敗者を裁くということは、なんとしてでも受け入れがたいけれども、
敗者が敗者を裁いたハンナの裁判は、それにもまして受け入れがたいものといえないだろうか。

裁判長。
あなたにハンナを裁く権利がおありなのか?

#「朗読者」を買った。これを読めば疑問は解けるだろうか?

   gonbe
by starforestspring | 2010-03-26 22:51 | 映画・ドラマ | Comments(0)

愛を読む人(原題 朗読者)

DVD「愛を読む人」を昨日観た。
少々眠気がもたげてきた深夜から観はじめたのだけれど、ストーリーが続くにつれ目が冴えてしまった。
ハンナとマイケル(原作ではミヒャエル)の物語。

1958年、二人が出会いそして突然の別れ。
1966年、マイケルはハンナを見つける。
この“再会”を契機にして、物語は観客が思いもよらない方向に展開していく。


以下ネタバレ御免。


ハンナは1922年生まれ。マイケルは1943年生まれ。
21才も年齢が離れたふたりが、思わぬことからベッドをともにすることは、それほど不自然なこととは思えない。
ハンナの行動も、マイケルの気持ちもよくわかる。

素朴な疑問。
マイケルと出会うまでの36年間。マイケルと別れてからの8年間。
ハンナは文盲であるにも関わらず、どうして暮らすことができたのだろうということ。
 #字が読めない・・というのは、自転車旅行の時に、観客に告げられた。
車掌の仕事から、事務の仕事への“昇進”を告げられたことが、マイケルの前から姿を消すことになった理由というのは、映画で描かれていた。
でも、“字が読めない書けない”人に、仕事や日々の暮らしが可能なのだろうか?

収容所で看守をやっていた。
送られてくる“囚人”のリストや指示書はなかったのだろうか。
それを読まずに済ませることが出来たのだろうか。
駅の名前。
果物の名前。
家を借りたり、役所で何らかの手続きをするときの書類。
これらはどうやって切り抜けてきたのだろうか。

ハンナは読み書きが出来ないことを他人に知られたくなかった。
他の5人が懲役4年余りなのに対してハンナは無期懲役。
あのとき、「書けない読めない」ことを告白していれば、無期懲役という刑を受けることはなかった。
それはなすりつけられた刑であったにも関わらず、知られずにすむことと引き換えにハンナはそれを受け入れた。
 #ハンナ自身には、自分がしたことが、無期懲役という刑に値するとは思っていなかったのだろうが。

そこまでして隠そうとした「文盲である」ことを、
ふだんの生活で明らかにしてしまうようなことをするとはとても思えない。
きっと隠したはずなのだ。
だが、本当に隠し通せたのだろうか。
時代はすでに20世紀の後半。

1966年以降、物語が大きく展開したあとも、この部分がひっかかってしまっているために、なんだか割り切れないものが残ってしまって・・・。

疑問は解けないけれど、
頭の中でシーンを思い出しながら、
そこに込められたメッセ-ジを読み取ろうとする行為を何度繰り返しても飽きない。
映画が好きな者には。本当においしい映画だ。


今夜、帰りに新潮文庫から出ている「朗読者」を買いに本屋に行こうと思っている。

   gonbe
by starforestspring | 2010-03-25 20:49 | 映画・ドラマ | Comments(0)

Google中国撤退

朝、目覚ましを止めたあと、
「ああそうだ、今日は休みなんだ」
そう思ってもう一度ふとんをかぶって二度寝するのって、うれしい。

Googleが中国から撤退した。
完全撤退・・とまでは踏み切れなかったようだが、まあとにかく撤退した。
検索結果を検閲されちゃあ面白くなかろう。
その基準が、国家に益となすかなさないかであればなおのこと。
モノサシは国家が持つ。
しかもその国家は一党独裁。

“天安門”で検索すると、天安門に関わるさまざまな事柄がヒットするそうだが、“天安門事件”だと、ヒット数ゼロだとか。

統制された情報の中で暮らす人々の価値観や歴史観は、やはり統制されたものにしかならないのではないだろうか。

   gonbe
by starforestspring | 2010-03-24 12:39 | 時事 | Comments(1)

e5489

ハワイに行くのに、関空までのJRチケットを購入しなければならない。
マメな方だとは思うが、出来るならラクしたい性質。
ネットで検索したら、出てきました「JRおでかけネット」
これだと、パソコンからチケットの購入が出来るらしい。
おお!いいではないか。
ラクしたい性質にぴったり。

で、会員登録をして関空までの往復チケットをキャッシュカードで購入したのだけれど。。。
うーん、なにかおかしい。

往復割引ってないのか?
富山→新大阪
新大阪→関西国際空港
のふたつのルートでチケットが出るのだけれど、
みどりの窓口とかで買うと、富山→関西国際空港のチケットをくれないか?

往復料金23,200円。
納得いかなくて、「払い戻し」をしました。
すると!
なんと530円×4=2,120円取られてしまった。
出発日まで3週間もあるのに。

そうかあ、こういうのって旅行やホテルの予約とちがって、
決済をしたことに対する手数料をとられるわけだ。
またひとつ勉強しました。

で、
結局最寄りの駅まで行って、みどりの窓口で直接職員の方から買いました。
往復割引があって19,000円でした。
チケットを手にしてからの私と職員さんとの会話。

「あの〜」
「はい?」
「ネットで同じルートを購入すると、この料金にはならないんですか」
「そうですね〜。一般料金になると思います」
「みどりの券売機ではどうなんですか?」
「割引はできますよ」
「あ、そうなんですか」
「ただし、最初に“トクトクきっぷ”のボタンを押していただかないとだめですけど」
「それって誰にでもわかるんでしょうか?」
「・・・・ご存知ない方もおられるでしょうね」
「すると、ここ(みどりの窓口)で買うのが一番安いということですか」
「まあ、そうですね。一番確実です」

だったら、ネットやみどりの券売機を、エラそうにPRするなよ>JR西日本

   gonbe
by starforestspring | 2010-03-23 23:32 | 雑感 | Comments(0)

終わった!

今日は、一年のうちで一番疲れる日。
早朝からつい今し方まで。
さすがにこたえます。

でも、
多くのスタッフが一所懸命にやってくれる姿を見ると、手を合わせたくなりますね。
おかげさまで、無事に一日を終えることが出来ました。
みんな、ありがとうね。
おつかれさま。

これから
食事をしようか、それとも飲んで寝てしまおうか。
決めかねているところ。

   gonbe
by starforestspring | 2010-03-21 23:29 | 雑感 | Comments(0)

笑たはる

子供。
私の子供たちがどんな人間になるのか。
それは私とニョーボのしつけ次第。

友人との関わり。
先生との関わり。
親以外に娘たちに影響を及ぼすことは多々あるだろうけれど、
親のしつけを超えるものがあるとは思えない。

たとえば、電車に乗っている時、子供が駄々をこねて泣いたとする。
「見とおみ。おっちゃんが笑たはるえ」
京都ではだいたいこういう言いかたをして、子供をたしなめる。

これがどうにも納得いかなかったのだ、昔は。
自分の子供叱るのに、他人をダシに使うなやと。
バスの中で、子供が駄々をこねだした。
お母さんが、
「見とおみ。おにいちゃんが笑たはるえ」
明らかにその“おにいちゃん”が私以外にありえない状況だったとき思わず、
「いえ、笑てませんけど」
って言ったことがあるもんなあ。

バカだった。
どうしようもないバカだった。

叱りかた、しつけの仕方にはいろいろある。
「○○さんが笑たはるえ」
この言葉には、○○さんが笑っているから泣くのをやめなさいという意図などないのだ。
周囲の人から自分がどう見られているかを常に考える癖をつけさせる。
それこそが目的だったのだ。

今、そのしつけかたの意味が本当によくわかる。
「自分がよければ、他人がどう思おうと構わない」
そういうことを言う人が最近増えた。
それは一見たくましく、潔いように思えるが実は、とんでもない思い上がりなのだ。
自分は自分一人では生きていけない。
他人との関わりを無視しては生きていけない。
それを教えることにおいて、
「○○さんが笑たはるえ」というのは、社会の一員としての自分を自覚させるためには、本当にわかりやすい戒めの言葉だったのだ。

もうすこし早くそれに気づいていれば、
「見とおみ。おにいちゃんが笑たはるえ」の言葉を受けて、
「こらあ、泣いたらあかんでえ」
くらい言えたのに。

   gonbe
by starforestspring | 2010-03-20 23:52 | 京都 | Comments(0)

東に見える東山

高校の頃、親しくしていた友人が引っ越しをすると告げてきた。

小学校のころから住み慣れた山科を離れ、左京区北白川へ行くという。

高校に入学して、新しい生活のリズムにも慣れた頃。
毎日を夢見ながら過ごしていたとはいえ、離ればなれになるなどということは考えたこともなかった。

「なんで引っ越すん?」
「・・・・・」
「おとうさんの仕事関係か?」
「・・・・それは関係ないねん・・」
「ほななに?」
「おばあちゃんがな・・・」
「・・・・・」
「東山が東に見えへんところで死にとうないって言わはんねん」


東山が東に見えない。
山科は、東山三十六峰を東に越えたところにある。
秀吉が盛大な花見の宴を開いた醍醐三宝院があり、もう少し南に下ると、源氏物語で有名な宇治市だ。

今でこそ大きなビルが建ち、街には人の流れが絶えることがないけれど、
以前は夜になったらカエルの大合唱が聞こえるのどかな田舎だった。

おばあちゃんは洛中に生まれ、洛中に育った生粋の京おんなだったらしい。
ずっと洛中に住んでいたけれど、結婚し、子供(友人のこと)も生まれた息子夫婦の勧めに従い,東山を越えて山科にやってきた。

そして、15年。
そろそろ人生のエンドマークがいつ出てもおかしくないと考えるようになったとき、東山がちゃんと東に見える洛中への思いを断ち切ることが出来なくなってしまったらしい。


「それが理由?」
「うん」
「そやからみんなで北白川へ?」
「うん」

なんだか静かな感動が胸を満たした。
友人と離れることは辛かったけれど、
そんな家族の一員である友人がまたうらやましかった。


最後の夜、私たちは市バスに乗っていた。
友人がおりるバス停が近づくにつれ、二人は無口になった。
「次は椥辻。椥辻でございます」
録音の女性の声が車内に響く。
そこは友人がおりるバス停。
誰かが降車ボタンを押した。

「ほなな」
「うん、・・またね」

乗客の間をすり抜け、降車口に向かう。
ステップを降り、振り返った友人が私を捜すのが見えた。

その後すぐに、友人は鴨沂高校に転校した。
東山を越えたあとも、何度か連絡を取り合ってはいたが、いつの間にか疎遠になり、年賀状のやりとりも絶えた。


友人が今どこに住んでいるのか知らない。
きっと東山が東に見えるところに住んでいるに違いない。
東に見えることが、友人の心を落ち着かせているに違いない。
おばあちゃんの思い出とともに。

   gonbe
by starforestspring | 2010-03-19 15:58 | 思い出 | Comments(0)


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