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情報  その危うさ <最後のパレード盗用疑惑>

読売新聞のブチ上げ記事に端を発した「最後のパレード」盗用問題。
さて、あなたはどちらの言い分を聞きますか?

中村克氏のブログ

ディズニーや、この最後のパレードという本については、これまでもこのブログ上で取り上げてきました。
読売新聞はこの本の内容について、
“盗用”と思わせる情報提供を自社の新聞紙上で行っています。
実はこの本、読売新聞は自社の書評記事の中で大きく取り上げています。
自分のところで持ち上げた本について、自分のところが一番に石を投げてるわけですね。

この新聞のこの記事だけを読んだ人には、
中村克という人は、人のものを勝手に自分の作品として発表した、ワルモノにしか思えないでしょう。
では、本当にそうなのか?

この“本当にそうなのか?”というギモンを、多くの人は持たないような気がします。
自分あてに提示されたひとつの情報を、正しいものとして疑わない。
で、読売新聞が記事にした中村克というヤツは悪いヤツだ。
そういう刷り込みが出来てしまい、それに対するクエスチョンを持たない。

結果どうなったかというと、この本はあらゆる書店から姿を消しました。
つい先日まで、ベストセラーとして、いちばんいいところに平積みされていた本が、
いきなり“消えた”のです。

「一方聞いて沙汰するな」
大河ドラマファンなら、必ず知ってるこの名せりふ。
天障院篤姫の母御が、江戸に向う娘に諭した(といわれる)言葉です。

物事をある一面からしか捉えないことの危うさを、この言葉は端的に表しています。
情報はあくまで情報。
少ない情報から推測するよりも、多くの情報から推測するほうが、より“事実”に近づけそうな気がします。
そして、多くの情報を整理し、自分の頭で考えてこそ、情報が役に立ったといえるのです。
情報イコール結論となっている、あるいはなりがちな今日この頃に、危うさを感じています。

多勢に流されない。
みんなが右を向いているので、右を向いてる方が安心だからと、簡単に右を向かない。
左もあれば上も下もある。どちらも向かないっていう方法だってあるじゃないか。

自分の頭で考えること。
本当に大事なことなのです。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-30 23:01 | 雑感 | Comments(2)

iPhone 3GS

「新しい」 iPhoneが発売された。
今度のやつは動画が撮れるらしい。

新しくなったからと言って、サイズや見た目が大きく変わったわけではない。
こういうところがありがたいですね。
日本のメーカーは、新しくなるイコール見た目から入っていきがちですから。
#車なんかはその最たるもので・・#

で、旧バージョンユーザーは、新しいやつを横目で見ながら歯がみをしているかと言えば、
少なくとも私はそんなことなくて、逆に喜んでいます。
というのは、3GSに標準搭載される機能のうちのいくつかを、
すでにダウンロード→インストールを済ませているから。
新たにMyiPhoneで使えるようになった機能のうち、
一番嬉しいのは“コピー・ペースト”が使えるようになったこと。
どのアプリでも、テキストのところをダブルタップするとサブメニューが出てくるようになった。
Macユーザーにとって、(Winユーザーも一緒か?)このコピー&ペーストが
あたりまえに使えないというのは、すごいストレスだったのだ。

新しい機能を、新製品を買ったユーザーにだけ使えるようにすることで、
旧ユーザーの、新製品への買い替えを促進する・・・。
こういう手法は、特に携帯の世界においては常套手段だったと思うのだが、
そういう悪習(?)にも風穴を開けたという意味で、
Appleの販売手法は賞賛されていい。

ここ北陸のとある県庁所在地で、
iPhoneを使っている人を見かけることは、本当に少ない。
やっぱりデジカメ並の解像度を持ったカメラ機能だとか、
テレビが観られますよとかに魅力を感じる人は多いのだろうか>北陸
    #まさかね#

人の好みにまで口を挟むつもりもないのだが、
たかが電話にそんな機能を求めてどうする?と思うのだが。
それとも、電話機能付きカメラという捉えかた?
iPhoneには、iPodがついてるけれど、ほとんど使わない。
音楽を長時間聴くならiPodを出せばいいのだし。
アプリの中で使う頻度の高いのは、スケジュールと、メモ帳。
特にスケジュール、これは便利ですね。
自宅のMacとシンクロできるのが嬉しい。

AppStoreからダウンロード出来るアプリは、ちょっとした空き時間に使います。
iPodにしろ、アプリにしろ、あんまり使いすぎると、電池がきれてしまうので。

電話は電話として使いましょ。シンプルなのがいいですよ、やっぱり

前の携帯はSONYのPremini2。
これにした一番の理由は、“小さくて軽いこと”
そしてその次に、“開かなくていいこと”
画面を見るのにいちいちふたを開けるのがずっとストレスだったので。
iPhoneがもし折りたたみ式だったら、買ってないな、たぶん。

これからもずっとiPhoneを使い続けると思います。
これで、電話がつながるのがdocomoなみに速ければいうことないのに。
本当に。。。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-29 19:02 | 雑感 | Comments(0)

さだまさしさんの世界2

♪もう19になるのだから
♪家を出ようかと思います

“19才”です。
“朝刊”とかの入ったアルバム“コミュニケーション”の発売は1975年。
大阪に行って、一人暮らしを始めた頃、このアルバムを聴いていました。

大阪の、“文化住宅”と呼ばれる2階で、
裸電球に照らされながら暮らした日々。
さだまさしさんの音楽は、なぜだかその暮らしぶりにぴったりと合い、
部屋の中にいるときは、いつも流れていました。

そのころほかに聴いていたシンガーは、
井上陽水
中山ラビ
五つの赤い風船
・・・・
大阪での一人暮らしを始めて戸惑いながら毎日を過ごしている青年の
その心象風景が想像できるような方々ばかりではありませんか?

洗面器を持って出かけた銭湯への道のり。
ラーメン屋で食べたラーメンライスの味。
客のいないスナックで飲んだウイスキーの味。
“朝刊” ”19才” “フレディもしくは三教街”
これらの曲を聴くと、鮮明に思い出せるあの頃の自分。


このアルバムは、
聴くだけでなつかしいイメージが浮かんでくる、
数少ないアルバムのうちのひとつです。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-28 21:10 | 音楽 | Comments(0)

さだまさしさんの世界

「さだまさしさんの歌にはドラマがある」

だれかがこんなことを言っていた。
上手いこと言うなあ。

・案山子
・秋桜
・親父の一番長い日
・風に立つライオン
・まほろば
・償い

これらの曲を思い出してみると、実感できます。
まほろばの中で歌われる、
♪遠い明日しか見えない僕と
♪足もとのぬかるみを気に病む君と
なんて、ほんとに上手い表現だと思うし。


ドラマ・・はもちろんですが、さださんのすごいところは、
その表現方法において、「直接的な言葉で言わないくせにわからせる」というのもあると思います。
さださんがイメージする結論・結果にたどりつけるよう
歌詞の中に状況を積み重ね、そして聞く者の想像力にゆだねる。
#もちろん聞く側の結んだイメージが、さださんのそれと一致しないことだってあるでしょうけれど#


そういう歌として、風に立つライオンなんかは代表的なものでしょう。
千鳥ヶ淵、夜桜、フラミンゴ、象、よどみない命・・・
最後のフレーズ、「おめでとう  さよなら」で、
手紙の送り主(あなた)と返事を書いている人(ぼく)との関係、
そして彼らがどうなったのかが、全部わかってしまう。
こういう、じかに見せない、けれど「ああ、たぶんこうなんだ」と
予想することが出来る・・・。
こういう世界が好きです。
まるで短歌を読んでいるような気分です。


・関白宣言
・雨やどり
・恋愛症候群
などのコミカルな歌も、最後まで聞けばちゃんと嬉しい結末が待っている。
昔、関白宣言をやり玉にあげた某団体があったが、
最後まで曲を聴いていなかったのでしょうね。
私も、ニョーボにこういう感謝の言葉を言ってから死にたいと思いますもの。

・パンプキンパイとシナモンティー
この歌のファンは多いそうです。私も好きです。
“待つわ”を歌ったあみんは、この曲に出てくる“コーヒーベーカリーあみん”から、グループ名を決めたというのは、有名な話。

この曲、好きです。
犬の散歩の時に好んで聴きます。
なぜでしょうね・・。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-27 20:15 | 音楽 | Comments(0)

春だったね。   

♪僕を忘れたころに
♪君を忘れられない
♪そんな僕の手紙が着く

京阪バスに乗って三条京阪の駅で降りる。
鴨川を越える三条大橋を渡る。
右側には“喫茶ハセガワ”
中学三年からアルバイトをさせてもらった店。

♪曇りガラスの窓を叩いて
♪君の時計を止めてみたい

左に曲がる。
高瀬川沿いにしばらく歩いて、右に折れる。
そこに“夜の窓”
夜の窓。
意味があるようでないようで・・・・・

♪ああ僕の時計はあのときのまま
♪風に吹き上げられたホコリのなか
♪二人の声もきえてしまった
♪ああ、あれは春だったね。

この店のドアをいったいどれほど開けただろう。
一人で。
二人で。

♪僕が思い出になるころに
♪君を思い出に出来ない
♪そんな僕の手紙が着く

一人のときに頼むのは、コーヒー。
二人のときは。
「あ、ぼくコーヒー」
「すみません。。わたしチョコレートお願いします」>京都弁のイントネーションでお願いします。
“チョコレート”
あったんですね、当時はこういうメニューが。

♪風に揺れるタンポポを添えて
♪君の涙を拭いてあげたい

コーヒーとチョコレート。
灰皿。
ランプ。
落ち着いたBGM。
夜の窓。

♪ああ僕の涙はあの時のまま
♪広い河原の土手の上を
♪振り返りながら走った

今思えば、笑っちゃうくらいに純情だった二人。
夜の窓を出て、鴨川の河原を歩く。
鴨川の河原に座っているアベックたち。
その姿はそれぞれだけれど、
その間隔は、見事なくらい等しい。

♪ああ、あれは春だったね

鴨川の河原。
いったりきたり。
一人で。二人で。
鴨川。
青春の色を映した川。
そう、あれは春だった。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-26 20:43 | 思い出 | Comments(1)

蝉しぐれ

もう夢中です>蝉しぐれ NHK版

これほどシビれるドラマがあっただろうか。

和の良さ。再確認。
地球の上。
この位置にあるこの島国に生まれ育った。

日本。

この島国はそういう名前の国だ。

建物は木と紙で造られ、畳に座り、扉は引き戸。
それらがいかにこの島国に適した暮らしぶりであるか。

今度家を建てる機会に恵まれたら。
畳の部屋に障子、そして縁側。
石と岩と苔で造られた庭を持ち、
風呂上がりに浴衣を着て団扇で涼を取る。

そんな暮らしをするんだ!

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-25 21:00 | 映画・ドラマ | Comments(0)

剣岳 点の記

「剣岳 点の記」を観てきた。

映画に人生を捧げた尊敬する淀川長治さんに倣って、“いいところ”を見つけてみよう。
・夕日がきれいだった。
・雪がきれいだった。
・ほんとに富士山が見えるのにビックリした
それから・・・えっと・・・
あと、なにがあったっけ?

「映画はスクリーンの中で表現されるものが全て」
映画を観る上で、これは絶対忘れてはいけない鉄則だと思っている。
剣岳へのロケがどれほど大変であったか。
山を登り、機材を上げ、望む天候を待ち・・。
それらがどれほど過酷なものであっても、
スクリーンの中で表現されるものだけが映画の評価の対象となる。

そういう意味で言えば、この映画は駄作としかいいようがない。
剣に登るのはなんのため?
より正確な地図を作るためのはずなのだが、映画の中でそれはほとんど語られない。
剣岳の初登頂は、陸軍でなければいけない。
日本山岳会に陸軍が遅れを取るわけには行かない。
だから登れそうなヤツを呼んで登らせようとした。
映画の中で語られる情報を集めるとそう受け止めるしかない。
そして、それが○○○だとわかったあと、(ネタバレになるので伏せ字)
手のひらを返したような対応をする。
当時の陸軍はそこまでバカだったのだろうか?

映画には本物を見せる部分と、虚構を見せる部分とがある。
本物とは?
時代背景にそった衣裳であったり、道具であったり、言葉であったり。
虚構とは?
ファンタジー。現実ではあり得ないもの。SFX。
この映画を作った人たちは、剣に登り、
“つらい環境の中で映画を作っている”自分たちに酔っていたのではなかろうか?
監督自身が、山の上での仕事を映画作りの中心と考えていたのではないだろうか。
山の上は人間の力ではどうにもならないことだらけ。
夕日の美しさ。雪の白さを撮影できたとしても、それを作ったのは、人間ではない。
登ったからこそそういう“画”を手に入れることが出来たというのは正しい。
だが、それは人間の手柄ではない。


映画は人の手によって作られるものだ。
監督はじめスタッフたちは、夕日の美しさや雪の白さを
自分たちが作ったものと勘違いしているのではないか?
あまりにもお粗末なのだ。山の上以外が。
山の上以外をロケではなく、セットにしたのはなぜだろう?
山の上の光が自然の光(レフで回しているにしても)であるだけに、
セットの光の不自然さはひどい。
富山駅、立山温泉、
洗濯物を干すシーン、その向こうに見える立山連峰、
いくら合成するにしても、もう少し上手くやって欲しい。
風呂屋のタイル画じゃないのだから。
明治後期のたたずまいを残している建物がなかったからかもしれないが、
それにしても、山の麓の集落にセットを組むとかして、自然の光でやってほしかった。


一番シラけたところ。
柴崎が、資料を整理しながら酒(たぶんウイスキー)を飲んでいる。
グラスに手を伸ばして、空になってることに気づき、
奥さんにおかわりを頼む。
奥さん、持ってきてグラスに注いであげるのだが・・・・、
おいおい、ウイスキーのストレートはそんなにたくさん注いだらダメだろう。
おかわりでそれぐらい注ぐってことは、一杯目もそれくらい?
ってことは、柴崎は、もっと酔っぱらってるはずだよ。
ウイスキーをあれだけ飲んだらどうなるか。
酒を飲む人間なら誰だって知っている。
飲むことに不自然はない。
だが、飲んでるのなら、それなりの酔態を見せるべきだろう。
>ろれつが少々変だとか大きな息を吐くとか、ちょっとふらついて見せるとか。
・・手を抜いてるとしか思えない。


陸軍測量部vs日本山岳会
映画はこういう図式を提示しながら進む。
ところがだ。
小島烏水は剣岳登頂を果たした柴崎らに、
惜しみなく称賛を送るのだ。“快挙”だと。
それに応えてノブ(松田龍平)も、続いて登頂を果たした烏水らに
“あなたたちは仲間だ”と呼びかける。
そこにいたるまでの過程とか、心象風景とかをはしょりすぎていないか?
でなければ、もともと対立なんかなかったのではないか?
烏水がビスケットを何度も柴崎に差し出し、柴崎が受け取ったり断ったりするシーンがある。
一見不必要なシーンなのだが、あえて繰り返して観客に提示するということは、
監督はそのシーンに意味づけ、ストーリーの中での必然性を込めているのだろう。
ではその意味づけ、必然性とは?
対立があったと考えれば、烏水のその行為は“欧米の進んだ登山技術の見せびらかし”で、
なかったと考えれば、その行為は“同じ山を愛するものに対する親愛のシルシ”だ。
登頂を果たした柴崎らへの(スクリーンに表された範囲での)態度からは、
あとの解釈のほうが正しく思える。
とすれば、さも対立があるという空気を作り出すために提示してきた、
新聞記事のアップや記者のセリフと矛盾しているだろう。
“あった” “なかった”
監督はどちらだと観客に提示したかったのか。
あった・・・のだけど、山男の潔さで、小島烏水が柴崎たちを賞賛した。。
としたいのなら、先ほど述べたように、あまりにも観客への情報が不足。
なかった・・・のなら、新聞記事と記者のセリフはまったくの無用。
観客を混乱させるためだけのシーンとなる。

たぶん、対立があったということなのだろう。
原作には、このこと(対立なのか競争なのか)についての描写が
詳細になされているに違いない。
監督もそのためのシーンを実際撮影していたのかもしれない。
が、スクリーンの上で表現されたものに、それらはなかった。
とにかく!
陸軍測量部と日本山岳会については、あまりにも説明不足。

それから、山岳会の服装。本当にあの格好で登ってたのか?
ピクニックに行くような格好にしか見えんぞ。


そうそう、思い出しました。よかったところ。
終わってからのエンドロール。
下から上に流れていくのではなくて、左から右に流れていくんです。
これはいいですね。
縦書きの日本語を読むにはこれは自然です。
ただ、仲間たち・・という表現に「自己満足」の証拠をみた気分になったし、
原作者に捧ぐ・・というのは余計だろうと思いました。

剣岳に登ったときに見える風景が観たくてこの映画に出かけた。
だから剣岳から見える富士山とか、雲海とか、夕日とかを観られたのは嬉しかった。
それで目的を果たせた。
だから映画としての出来がこんなのでも、
それ自体に期待してたわけではなかったので、落胆はしていない。

「剣岳 点の記」
自然の風景とエンドロールの流れかたがよかった映画でした。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-24 22:38 | 映画・ドラマ | Comments(1)

蝉しぐれ

NHKの連続ドラマ「蝉しぐれ」が、
CS2チャンネル銀河で放映されていることは先日お知らせした。
思いもよらぬ再放送ゆえ、毎回見のがすものかと気合いを入れていたのだが、
昨日の第二回は仕事の都合で見のがしてしまった。
一番観たかった、文四郎の父の遺体を乗せた大八車を
おふくと一緒に押すシーン、よりによって昨日の放映分だったようだ。


今日は第三回。
話の流れはくりかえしになるので、改めては書かないが、
観ていて強く思うのは、わが祖国の言葉の美しさ。
「よかろう」
「そなた」
「それをたよりに」
今の世では、たぶん使われなくなったこれらの言葉が、あたりまえに使われている。

日本語は美しい言語なのだ。
カタカナ言葉や、省略言葉でその美しい言葉を貧相なものにしてしまったのは、いったい誰だろう。
懐古趣味と言えばそうかもしれない。
時代錯誤と言えばそうかもしれない。
それでも、うつくしい日本語を使い続けたいと思う。
日本に暮らす、日本人でありつづけるつもりなら。


つもりなのです。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-23 20:53 | 雑感 | Comments(0)

それでいいのか?日本人。  9. くりかえしくりかえし

ぎおんしょうじゃのかねのこえしょぎょうむじょうのひびきあり
しゃらそうじゅのはなのいろじょうしゃひっすいのことわりをあらわす
おごれるひともひさしからずただはるのよのゆめのごとし
たけきものもついにはほろびぬひとえにかぜのまえのちりにおなじ

何度も何度も、覚えるために繰り返し、そして覚えた。
漢字の書き取りしかり、数学の公式しかり、小説の冒頭しかり。
“繰り返す”という行為はだいたい“学ぶ”ために行うものだと思っていた。

ただそこに座っているだけでも、情報が向こうからやってくる現代において、
TV、雑誌、ニュース等々で、疑似的に“繰返し”を経験できているはず。
にも関わらず、それを“学習”できない“あほうな輩”が世の中には少なからずいるらしい。
前にこのブログでも同様のことを取り上げたことがあるが、またしても。。

三条市で二幼児死亡
車の中に残されたまま親に忘れ去られ、命を落とした子供はいったい何人になるのだろう。
パチンコ。買い物。映画。そして今回は睡眠。
午前5時半、東京方面への旅行から帰ってきた“あほうな輩”は、
“よく寝てるから”という自分勝手な理由づけで、子供二人(1才10ヶ月・11ヶ月)を車内に残し、自分たちだけ家に入った。
その後7時間に渡りぐっすり眠り、昼過ぎに目が覚めて様子を見に行ったら子供たちは死んでいた。

葬儀は明日だろうか、明後日だろうか。
子供二人の遺影の前で、“あほうな輩”は涙を流すのだろうか。
涙なんか流すな。笑っていろ。そのほうがおまえたちはやっぱり“あほう”だったのだと、
式に参列する人々は納得出来るだろう。
涙を流す?
それを見て、参列者はなんて声をかければいいんだ?
笑っていてくれれば、
「このバカ親が!」
「子供の代わりにおまえが死ねばよかったんだ!」
「よくもオメオメと生きていられるもんだな!」
と、正直な気持ちをぶつけやすいだろう。




想像してみてほしい。

徐々に上がる温度。
流れる汗。
だんだん息苦しくなってくる。
呼ぶ。
泣く。
叫ぶ。
誰も来ない。

いつもなら、来てくれるのに、誰も来ない。
じわじわと、暑くなってくる。
すこしずつすこしずつ呼吸が苦しくなってくる。
泣く声が細くなる。
泣く力もなくなってくる。
誰も来ない。

いつもなら来てくれるのに誰も来ない。
どうして来てくれないの?
苦しくなってくる。
息が出来なくなってくる。
汗で目が痛い。

誰も来ない。

誰も来ない。

誰も来ない。

・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
・・










そんなとき、おまえたちは寝ていたんだ!気持ちよく!


これまでどれほど、このような事件が起きてきただろう。
何人の子供が、あほな親のせいで、命を絶たれた事だろう。
おまえたちは、その事件になにも学ばなかったのか?
よく寝ていたから、そのままにしておいた?
おまえたちが、めんどくさかっただけだろう?
おまえたちが、はやく寝たかっただけだろう?

狭い車内で、一年のうちでもっとも昼の長いこの時期、
5時半といえば、もう周りは明るくなっている。
子供たちだけにしておいたら、どうなるか・・・。
それぐらいのことを考える想像力はなかったのか?
白状しろ。
面倒くさかったからと。
よく寝ていたから・・なんて言い訳だろ?
子供たちの事より、自分のことが可愛かっただけだろ?

子供と同じように、
狭い車内で、チャイルドシートに締めつけられて、
朝の5時半から昼まで、車内で閉じ込められて、そして死ね。
そうすれば、すこしは同情してもらえるかもしれないよ。

付属池田小事件の時に、突然命を絶たれた8人の児童。
包丁で刺されたあと、逃げようとし、力尽きて倒れ絶命するまでに我が子が歩いた廊下、
その10数メートルを何度も何度も何度も繰返し繰返し歩き、愛する我が子がその命の最期の瞬間に、どんな心でいたのだろうと、思いを巡らせた母がいたという。
泣いたよ。この話を読んだ時。
くりかえしくりかえし我が子の歩いた距離を歩く母の姿を想像して、泣いたよ。

親は子供を守るためにいるのではないのか?
子供は親に守られる存在ではないのか?
守るべき子供を捨て、親である事を捨てた人間に、救いなんかいらない。

学べ。
繰り返すな。
子供の命を、親の身勝手で、奪うな。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-22 23:19 | それでいいのか日本人 | Comments(0)

太宰治と寺山修司

寺山修司が太宰治のことについて書いている。
「誰か故郷を想はざる」の中の一章。「晩年」で。

その中の一節が心に残る。
“生が終わって死がはじまるのではない。生が終われば死もまた終わってしまうのである”

この世で添えないのなら、あの世で一緒になりましょう。
生まれ変わってもきっとまた巡り合える。

そんなセリフを今まで幾度も聞いてきた。
本当にそうなの?と思いながら。
口には出せなかったけれど。

誕生日は6月19日。
妻ではない女性と心中を図り、幾多のひとの心を乱しておいて、
みんながあきらめたころ、思いもかけない形で遺体が発見された。
それも6月19日。

太宰治は、その死さえも小説にした。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-20 21:27 | 太宰治さん | Comments(1)


タベリストgonbe     よしなしごとつづり


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