<   2008年 06月 ( 27 )   > この月の画像一覧

東宇治高校の思い出 閑話休題

私に人生と言えるものがあるなら
あなたと過ごしたあの夏の日々
   84.10.1 松山で 高石ともや

久しぶりに卒業アルバムを開いてみた。
巻末に高石ともやさんのサインがあった。
そうだよ、松山労音主催のコンサートの後の打ち上げで、
ともやさんに頼んで書いてもらってたんだ。
宵々山コンサート、昼下がりコンサートとかの話を
ステージに上がってた本人の前で、熱っぽく語ってたっけ。。


閑話休題

京都を離れて不思議に思ったことのひとつに、
“出身校を伏せる人が結構多い”というのがある。
「高校はどこやったん?」
「あ、それはちょっと・・・」
最初、この「あ、それはちょっと・・・」の意味がわからなかった。

京都で行われていた総合選抜制は、
学校間格差をなくすためというのが主眼だった(らしい)
中学三年生のうち、高校進学を望む者全てに共通の試験を受けさせ、
合格ラインに達した者たちを、居住地域の公立高校に振り分ける。
これにより、公立高校相互の極端な学力格差は生じない。
大ざっぱに言えばこういうことになるだろう。

だから、公立であれば、A高校よりB高校の方が偏差値の高い生徒が集まっている・・
ということはあり得ない。
極端なことを言えば、高校入学試験に合格した10000人のうち、
トップの成績の生徒と、ビリの成績の生徒が同じ高校の同じ教室で学ぶ・・ということが総合選抜制では起こり得る。

対して、「あ、それはちょっと・・・」の県は、
同じ公立高校でも、ランク分けが明確であり、
中学の成績で“合格出来そうな公立高校”と“絶対ムリな公立高校”とがわかってしまう。
だもんで、ランク上位の公立高校出身者はさておき、
ランク下位(と思われている)の公立高校出身者は、出身高校を尋ねられると
「あ、それはちょっと・・・」になってしまうわけだ。

あるレベルを越えている生徒たちだけを集めて、
その生徒たちを対象にした授業を進めることのほうが、
トップの生徒とビリの生徒とが同じ教室にいる場合に比べて効率がいいのはわかる。
それによって大学への合格人数も左右されるのも、わかる。
もちろん、京都の教育界の方々もわかっていたはず。
なのに、なぜ少数派でしかない総合選抜制度を維持し続けたのか。

総合選抜制、公立高校のランク分けの是非を語るつもりはない。
比較しようにも両方を経験してるわけじゃないし。
ただ総合選抜制での高校生活は、自分には合っていたと思うだけ。

まだ進路別授業とかが全くなかった当時の総合選抜制の中では、
大変バラエティに富んだキャラクターたちの中で過ごすことができた。
いろんなことを勉強させてもらえたしね。



“どこで生まれたか”を気にする人もいる。
前に、部下から真面目な顔で言われた。
「○○さんはいいですよねえ。京都出身なら、誰にでも自慢できるでしょう?
おれら、恥ずかしくて○○県の出身って言えませんもん」
をいをい、それは違わないかい?

君が生まれ育ったこの土地は、
京都に比べて水が美味い。魚が美味い。米が美味い。川に水が流れてる・・
等々、京都出身者から見れば、うらやましいことがたくさんあるよ。
自慢すればいいじゃない。

一人だけの言葉かと思っていたら、
別の人からも同じことを言われた時には驚いた。
「東京に出たときは、出身県は隠しましたね」
「なんで?」
「恥ずかしいじゃないですか」
「・・・・なにが?」
「なにがって・・」

高校もしかり、出身県もしかり、
自分が関わるものに対して、自信を持て・・とまでは言わない。
だが、なにも卑下することはなかろう。
それは同じ高校、同じ県の出身者全てに対する侮辱じゃないかい?

たとえばランクAの学校に合格する学力を充分持っているにも関わらず、
家業を継ぐためとか、職人になるためとかの目標に従って、
高校を選ぶ人だっているに違いない。
映画を学ぶために数少ない映画関連の学部のある大学を選ぶ人だっているだろう。

そういう目的をもたずに、自分が努力を怠った結果として、
“そこにしか入れない”高校に入らざるを得なかった者が恥ずべきは
高校名ではなく、自分自身であるはずだ。

出身県も同じ。
京都だから自慢できるのではない。
自分が生まれ育った場所だから好きなのだ。
そこにはこどものころから馴染んだ匂い、神社、寺、川、山があり、祭りがある。
それらをずっと昔から守り続けてきた人たちがいる。
そこには幼い頃からの、数えきれない記憶の舞台になった場所が、
今もちゃんと残っている。
自分もその“伝統の継承”の輪っかのひとつになりたいと思っているだけだ。

   gonbe
by starforestspring | 2008-06-30 17:57 | 思い出 | Comments(0)

東宇治高校の思い出 3

315名。
これが、第一期生の数だ。
校舎は一棟。校歌なし。体育館なし。図書室・・あるけど本はなし。
こんな学校の入学式は近くの小学校で行われた。
高校生になってまさか小学生用の体育館に戻ってくるとは思わなかった。

忘れもしない、最初の体育の授業、それはグラウンドの石拾いだった。
グラウンドの端と端とに二人が立つ。
遠く離れた向こう側のクラスメイトを見ると、腰から下が隠れて見えない。
これはウソではない。そんなグラウンドだった。
真ん中の土を削り、端に埋めて行く。
石を集めてバケツに放り込んで行く。
一ヶ所に集めると小山のようにうずたかく盛り上がる。
体育の授業のたびにそんなことをやっていた。
不思議にイヤじゃなかった。
なんか使命感のようなものに包まれていたような気がする。

高校の新入生は、先輩たちからいいことも悪いことも教わりながら
経験値を上げて行くものなのだろう。
しかし、この高校にはそういう先輩はいなかった。
ドングリの背比べのような315人。
自分たちの高校生活を手探りでかたちづくっていくしかなかったのだ。

中学四年生
当時、みんなの中で広まった言葉だ。
中学生をもう一年。
上もなく、下もなく、自分たちだけ。
その不安定な状況をよく表した言葉だと思う。

そういうせいもあると思うが、先生たちとの関係はいいものだったと思う。
先生たちは315人の“微妙な立場”を理解してくれていたのだろう。
職員室に入って先生の机に座ると、多くの先生が話し相手になってくれた。
時には叱られ、時には先生と生徒という枠を越えたような会話もさせてもらえた。

315人はよく頑張った・・・・と思う。
その後、大学、専門学校、就職と道は分かれたが、
みんなはたぶん、変わらぬ共通項を持ったままでいると思う。
“一期生の誇り”という共通項を。

そして、
深井校長、有田教頭、木村先生、粟屋先生、溝尻先生、
古川先生、丸岡先生、渡辺先生・・
その他の多くの先生方に感謝している。


まだ書き足りないので、もう少し続きます。
>自分でも驚いている。。。

   gonbe
by starforestspring | 2008-06-28 22:13 | 思い出 | Comments(0)

東宇治高校の思い出 2

宇治市木幡平尾

と言っても、地元の人でない限りピンとこないだろう。
今でこそなだらかな丘陵に、オシャレな住宅がびっしりと建ち並んでいるが、
当時は一面の茶畑。誠にのどかなところだったのだ。
そういうところに、われらが東宇治高校は設立された。

合格を確認した我々は、すぐその足で宇治市まで出かけた。
自分がこれから通うことになる高校が、どんなところか見たくなるのは
当然の心理というものだろう。

町並町というバス停で京阪バスを降り、
商店街を抜けて緩い坂をテクテク登っていく。
10分ほど歩いたろうか、
「お、あれちゃうけ?」
一人の友人が声を出した。
みんなはその指の指し示す方向に一斉に視線を送る。
その先にあるのは・・・・“茶畑の中に建つ新築校舎一棟”

校舎に向ってみんなが一斉に走り出した。


“一面の茶畑の中に建つ新築校舎一棟”
想像してみてほしい。このミスマッチ。
当時「目がテン」という言葉はなかった。
なかったが、あのときの五人の目はまぎれもなくそれだったろう。
網の目フェンスに囲まれた中に、どでかい校舎が建っている。
その向うにはグラウンド・・・らしき空き地。
まわりには、  なにも、  ない。
日吉ヶ丘で見たような校門や、体育館、樹木などひとっつもないのだ。


「これが、おれらの学校なんか?」

「・・・・・・」×4


合格を確認したあと、じんわりと湧き上ってきた“高校生活”への期待と憧れ。
緑色のフェンスにへばりつき、校舎を見つめていた10個の目には、
そいつにうっすらとかかってきた雲が見えたような気がした。

   gonbe
by starforestspring | 2008-06-27 18:51 | 思い出 | Comments(0)

東宇治高校の思い出 1

東宇治高校って書いたら、やっぱり高校時代のことを思い出してしまう。

当時の京都は“総合選抜”を採用しており、受験者本人の希望は無視。
居住地により進む高校が決まっていた。

当時住んでいた学区の入試合格者は、市立日吉ヶ丘高校に進むことになっていた。
兄はその高校に進んだし、自分自身も兄の後に続くものとして信じて疑わなかった。
兄から聞く高校生活の様子は、中学生には“大人の世界”の匂いがしたものだ。
なにより“日吉ヶ丘”という響きがいい。
ヤマチュウ(山科中学)とはえらい違いだ。
なんだかハイソな感じがするではないか。
入試を終えたあと、頭のなかではそのハイソな日吉ヶ丘で過ごす自分の姿を想像し、
胸ときめかせていたのを覚えている。

合格発表の日、友人4人と一緒にその日吉ヶ丘に出かけた。
友人たちと出かける・・というのは、それなりに自信がないと出来ない。
たぶん、みんながみんな「落ちるわけない」と信じていたのだろう。

で、日吉ヶ丘高校の合格者の掲示の前に立ち、順番に名前を探して行く。
周りでは「あった〜!」「うお〜!」という歓喜の叫びが聞える。
目を凝らして探す。
ない。
誰の名前もない。
・・・・うそ。
元に戻って最初から見直す。
やっぱりない。
・・・・・・・みんな黙ってしまった。



「そういえば」
友人の一人が口を開いた。
「今年から高校が増えるって聞いたような気がするわ」
「え、そうなん?」
「たしか・・宇治のほうに。東宇治・・やったかな?」
「それや!」

5人は東宇治高校の掲示にダッシュした。
「あった!」「おれもや!」「よし!」「おっしゃー!」「よかった〜!」
ほぼ同時にみんなの安堵の声がした。

それが輝かしい(?)高校生活の第一歩だった。
一期生として東宇治に入ったことが良かったのか、
伝統ある日吉ヶ丘に入り、先輩たちにもまれて過ごしたほうがよかったのか、
それはわからない。
が、誰もが出来るわけではない「一期生」という経験が出来たことは、
自分自身にとって、価値あるものだったと思っている。
なにより、素晴らしい多くの友人、
情熱にあふれた先生たちと出会えたことに感謝している。

その友人たち、先生たちについてはまた次に。

   gonbe
by starforestspring | 2008-06-25 21:34 | 思い出 | Comments(0)

ささやかなこの人生


ささやかなこの人生

花びらが散ったあとの 桜がとても冷たくされるように
誰にも心の片隅に 見せたくはないものがあるよね
だけど人を愛したら 誰でも心の扉を閉め忘れては
傷つきそして傷つけて ひき返す事のできない人生に気がつく

やさしかった恋人達よ 振り返るのはやめよう
時の流れを背中で感じて 夕焼けに涙すればいい

誰かを愛したその日には 例えばちっぽけな絵はがきにも心が動き
愛を無くしたその日には 街角の歌にもふと足を止めたりする
風よ季節の訪れを 告げたら寂しい人の心に吹け
そして巡る季節よ その愛を拾って終りの無い物語を作れ

やさしかった恋人達よ ささやかなこの人生を
喜びとか悲しみとかの 言葉で決めてほしくはない

          詞・曲 伊勢正三


“懐かしの歌”シリーズ、第三弾はこの曲。

人間、普通に生きてても、“目をみはるシーン”に幾度か出くわすものだ。
・みんなが毛布にくるまって寝ている飛行機の中、
 ふと目覚めて窓を開けると、水平線の向こうから昇る日の出が見えた時。
・高速道のカーブを曲がったら、いきなり眼前に富士山が現れた時。
・インドネシアの小さな島の夜、浜辺で見上げた空に光る“無数の”星。

高校生の時、合唱コンクールで、あるクラスが自由曲としてこの歌を歌った。
>京都府立東宇治高校一期生のみんな、元気か〜?
合唱曲として、この曲を選んだことにも感心するが、
このクラスの連中は、歌いながら素晴らしいパフォーマンスをやってくれた。

記憶がおぼろげになっているので、正確ではないかもしれないが、
登壇した時から、男も女も黒い学生服を来ていたんだ。
>当時の京都の高校は、市立は私服、府立は制服だった。(今もか?)
そして歌い始め、2コーラス目に入って、
♪風よ季節の訪れを 告げたら寂しい人の心に吹け♪
のところで、みんなが“いっせいに”その学生服を脱いだ。
下から現れるのは、真っ白なシャツ(制服だからあたりまえなのだが)
黒から白への鮮やかな転換!

さらに、それまでの直立不動の姿勢から、
右手と左手を歌に合わせて交互に差し出し“静から動”へと移った。
・・・その美しさといったら。

たぶん、体育館にいたみんなが同じ思いでいたに違いない。
本当にいいものを見せてもらった。

クラスのまとまり、仲の良さは前から知ってはいたが、
ああいうのを目の当たりに見せられると、うらやましさを通り越して、
嫉ましささえ感じたものだ。

みんな元気でいるだろうか?

   gonbe
by starforestspring | 2008-06-24 00:17 | 音楽 | Comments(0)

最終予選

三次予選突破は決まったものの、
戦い方を見る限り、最終予選での苦戦は避けられないと思われる。
韓国・オーストラリア・イラン・カタール・サウジアラビア
ウズベキスタン・北朝鮮・UAE・バーレーンそして日本。

この10チームの中で、日本が圧倒的に強いとはとても思えない。
グループ3位同士の戦いに勝ち残って、オセアニア代表との決定戦。
下手すれば、グループ4位でW杯出場成らず・・だって絶対ないとはいえない。

強烈なFWの不在。理由はこれに尽きる。
早さと強引さを持つ選手がいたら・・・。
そういう“穏やかさ”は、農耕民族のゆえか。

松井のテクニックとふてぶてしさ、それから遠藤の“コロコロPK”が頼みの綱?

岡田さん、稲本を呼ぶ気はありませんか?
   gonbe
by starforestspring | 2008-06-23 23:33 | 雑感 | Comments(0)

監督

EURO2008で、オランダがロシアに敗れたそうな。
グループリーグで盤石の強さを見せたオランダ。
まさか敗れるとは・・。

サッカーでは、チームの強さは監督次第・・と言われている。
こうなると、ヒディングのすごさを認めないわけにはいかないだろう。

日本において忘れてはいけないのは、
ヒディング監督と同じオランダ人、ハンス・オフト氏。
この監督が、日本のサッカーを変えたと言ったら、言い過ぎだろうか?

今日は、バーレーン戦。
岡田監督のチームはどんな試合を見せてくれるのか。

   gonbe
by starforestspring | 2008-06-22 19:02 | 雑感 | Comments(0)

MacBook

とあるところで
“名古屋商科大学では、入学者全員に MacBookを譲渡している”
という話を聞いた。

「え?ウソだろ?」
アメリカにおいて、Macは教育系でかなりのシェアを占めている・・
というのは聞いたことがあるけど、日本で?

さっそく調べてみた。
名古屋商科大学
本当だった。ビックリ。
しかも、レポートの提出、講義の予定、就職活動の情報収集その他、
あるゆるシーンで、これを活用することになるそうだ。

この大学にいれば、 Windowsが少数派。
高校時代にWindowsに親しんだ人も、
有無を言わさずMacに“宗旨替え”させられるのだろうか?

卒業後も回収はしないとか。
すごいぞ名古屋商科大学。
by starforestspring | 2008-06-21 21:33 | 雑感 | Comments(0)

夏至

今日は夏至。
一年のうちで、日の出から日没までの時間が一番長い日。

「ってことは、明日からどんどんお昼が短くなるのよね?」
「そうやね」
「・・・まだ、夏にもなってないのになんか変」

今朝のニョーボとの会話。
確かに、なんか割り切れない気がしないでもない。

会話が途切れて、コーヒーを飲みながら、ふと思った。
自分の人生の夏至はもう過ぎてしまっている。

これは言葉にしなかったのだけど。
by starforestspring | 2008-06-21 08:43 | 雑感 | Comments(0)

桜桃忌

子供より親が大事、と思いたい。

      太宰治著 「桜桃」冒頭部

今日は桜桃忌。
太宰治さんの遺体が、玉川上水から引き上げられた日であり、
また、太宰治さんの誕生日でもある。


どうしても行きたいところがあった。

青森県北津軽郡金木村(現五所川原市金木町)
太宰治さんの生家、斜陽館。

b0137175_22452015.jpg



ニョーボと結婚した翌年、
意を決し、日本海側を車で北上、斜陽館をめざした。
青森県に入り、五所川原市を過ぎ、国道339号線をさらに北上、
胸の動悸が激しくなる。ハンドルを持つ手が震える。
やがて道路沿いに「金木町」の標識が見えた時、
「来た〜!来たぞ〜!」と大きな声で叫んでいた。


「富士には月見草がよく似合う」

富嶽百景に著されたこの言葉、
同じ風景を見たくて、山梨県甲府市に入り、「天下茶屋」を訪ねる。
太宰治さんがここに滞在中、過ごした部屋に入った時、
生意気なようだが、時を越えて、太宰さんと空間を共有したような気持ちになれた。
b0137175_22455343.jpg


没後60年。
今年の桜桃忌は例年にも増して、参加者が多かったらしい。
「はしかのようなもの」
「太宰かぶれ」
など、太宰作品に溺れる者への世評は相変わらずなのかもしれない。

しかし、今でも彼の作品を読み返すにつき、
思うことはひとつ。

「この人は、すごい」

   gonbe
by starforestspring | 2008-06-19 22:56 | 太宰治さん | Comments(0)


タベリストgonbe     よしなしごとつづり


by starforestspring

プロフィールを見る
画像一覧

検索

Link

最新のコメント

>marrellaさん ..
by starforestspring at 16:11
>ストーリーそのもの..
by marrella at 11:58
>坂道G 調べてお..
by starforestspring at 21:02
>違う方 坂道G ..
by NABE at 18:41
NABEさん、おひさしぶ..
by starforestspring at 20:38
ここんとこ違う方に行っち..
by NABE at 18:56
低く連なる山を見ると、気..
by starforestspring at 08:54
私は、「馬鹿と煙は…」で..
by marrella at 17:00

画像一覧

カテゴリ

全体
雑感
それでいいのか日本人
京都
映画・ドラマ

お酒の話
思い出
多部未華子さん
サロメ計画『サロメ』
八尋計画『私を離さないで』
連続テレビ小説『つばさ』
映画『あやしい彼女』
 
太宰治さん
川原泉さん
永六輔さん
 
男と女その摩訶不思議な関係
世界の中心で、愛をさけぶ
白夜行
連続テレビ小説 マッサン
連続テレビ小説 カーネーション
連続テレビ小説 あまちゃん
  
ブラジルワールドカップ
ディズニーランド
音楽
僕のマンガカタログ
時事
食べものについて
美術
USJ

記事ランキング

以前の記事

2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月

ブログパーツ

※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません