カテゴリ:雑感( 910 )

こんな脚本を書いたのは誰だ?  2

正直に言うと、私はイチロー選手のファンというわけではない。
そのプレーに魅力は感じてる。すごいなあと思う。尊敬もしている。だってあのトシになってもまだ、あの体型と、運動能力を保つためにどれほどの努力が必要なのかと想像するだけで、イチロー選手が日々欠かさないトレーニングと節制が想像出来る。

でも私が好きなのはノモだし、田澤だし、上原なのだ。なにが違うのかは上手く説明できない。たぶん、イチロー選手を身近に感じることが出来ないのだね。孤高の人というか、なんというか・・・気軽に「ファンです」と言える対象ではないのです。

一夜明け、つらつら思うに、彼のやったことはやっぱりすごいことなのだと改めて思う。世に「記録より記憶に残る選手」という言葉があるけど(たいていそれは、王選手に対する長嶋選手を指すことが多いけど)、イチロー選手はその両方をファンの心に残したのだと思う。


何年か先、
「2017年の4月19日、セーフコフィールドでイチローがホームランを打ったのを、お前おぼえてるか?」
「イチローがセーフコフィールドで最後のホームランを打ったとき、オレはスタンドにいてそれを目の前で見たんだ」
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こういう言葉を発する人がいるに違いないと思うのだ。
あのホームランのとき、時間と空間を共有した人は、一生自慢したっていいと思う。
うらやましいよ、そりゃあ。

イチロー選手は、50歳まで現役でいつづけるつもりと発言している。マーリンズはそれを受けて、好きなだけ続ければいいと、イチロー選手の意向を尊重している。
実際に50歳まで現役を続けれらるかどうかわからないけれど、イチローという選手が、MLBにおいて、すでにレジェンドになっていることは間違いない。

広島と近鉄が争った1979年の日本シリーズ。
私は21歳だったが、なぜかあの江夏の21球をテレビの前でずっと見ていた。(当時近鉄シンパだったので)21球目、石渡選手が三振した瞬間、大きなためいきと同時に、自分がすごいものを見たんだということだけはわかった。

4月19日、セーフコフィールドにいた人々は、ずっと語り継ぐに違いないと思う。



それにしても・・・
そのホームランボールをスタンドでキャッチした人、ボールをイチロー選手に返したとのこと。ベースボールというスポーツが、彼の地では“文化”になってることを、改めて思い知らされた次第。
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かわりにサイン入りバットをもらったらしい。よかったですね。ずっと自慢してください。胸をはって自慢したっていいと思う。「イチローのあのホームランをキャッチしたのは、このオレだ!どうだい?」

gonbe5515


by starforestspring | 2017-04-22 23:35 | 雑感 | Comments(0)

こんな脚本を書いたのは誰だ? 

私はレッドソックスのファン。体が小さくてもぶんぶん振り回すペドロイアが大好き。同じ理由でアストロズのアルトゥーベも好き。あとはドジャースのカーショー、ジャイアンツのバムガーナー、マーリンズの田澤。細かいことは抜き、力と力の勝負!ってオーラを発散する選手が多いし、それがMLBの魅力だろう。

MLBを見るようになったのは、野茂がドジャースに入団した時だった。彼は、小手先抜きの真っ向勝負を見せてくれた。打たれたホームランも多いと思うが、それはやっぱり勝負の結果だからしょうがない。相手が勝ってノモが負けたということ。向かってくるノモに、バッターはバットを思い切り振って応えたのだ。そういう勝負があるんだということを教えてくれたことが、私が“野球” から“ベースボール” に鞍替えすることにした理由だった。

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そんなMLBの中にあって、イチロー選手ってのはちょっと異色。並みの選手なら内野ゴロでアウトのところを、彼はヒットにしてしまう。ご丁寧にそのあと盗塁まで決めてしまう。ただの内野ゴロに打ち取ったはずなのに、ツーベースを打たれたのと同じことになるのだから、投手にとってはやってられない。

また、走者2塁でライト前ヒット。この場合、普通ならセカンドランナーのホーム生還は“既成の事実” として、セカンドが中継に入って送球をカットし、 打者走者の進塁を防ぐことに重きがおかれるのだが、イチロー選手はライトの深いところからレーザービームで2塁走者を刺してしまう。

「エリア51(セーフコフィールドにおけるイチロー選手の守備範囲)」に飛んだヒットでホームに帰ってくるのは、決して「既成の事実」ではなく、勇気と決断とを要求されることなのだ。昨日のアナウンサーがイチロー選手のことを「エリア51を統治していた皇帝」と言ってたけど、まさにそのとおりだと思う。

“ただの内野ゴロ” がヒットになることを快く思わない人もいたようだ。(チャーリー・ハッスル氏とか)その気持ちはわからないでもない。しかし、並みの人間ならアウトになってしまうところを、セーフにしてしまうというのは、打球をフェンスの向こう側まで飛ばす技術と遜色ないことではないのか。

Ichiroは、それまでアメリカの人々が見たこともないようなヒットを長年にわたって打ち続け、レーザービームに代表される華麗なる守備で見る人の心をつかんだ。彼のプレーを見るために人々は球場に足を運んだのだろうし、その期待を裏切らなかったからこそ、その次もまた人々は球場に向かったのだ。

Ichiroがシアトルにいた12年間。Ichiroはシアトルのファンに、新しいベースボールの形を見せ続けた。打つことで、走ることで、投げることで、見たこともなかったようなプレーをファンに見せ続けた。チームを移ることがごく当たり前のこととして捉えられているMLBにおいて、12年間もの間、彼がマリナーズにとどまったこともまた、シアトルのファンは勲章を授与されたかのように、誇らしく感じているのではないか。

だからこそ、チームを去って5年にもなる選手に対し「Welcome back! Ichiro!」と書いたプラカードを掲げ、打席に向かうIchiroに(敵チームの選手なのに!)スタンディングオベーションを送る。マリナーズはボブルヘッド人形を2万個も来場者にプレゼントする!彼が12年間ホームグラウンドとして走り回ったこの球場で、チームとファンたちは、最上級の敬意と感謝と期待とを持ってIchiroを迎え、接した。

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その
Ichiroが、彼らに、素晴らしい一打で応えた。

最終打席、初球高めの球を体をバネのように使って振り抜くと、ボールはライトスタンドに向かって一直線。観客は総立ち、大歓声。アナウンサーと解説者もしばしの沈黙で球場が沸き返る様子を伝えてくれた。

その後、球場を包んだのは「Ichiro! 」コールだった。

サードを守っていて、その打球がライトスタンドに吸い込まれるのを見ていたシーガー選手は「鳥肌が立った」というコメントを残している。それはきっと彼だけじゃない。スタンドにいた大勢のファンが、そうだったに違いない。そうでないわけがない。あの雰囲気で、あの状況で、あのホームラン。太平洋を越えた国で、テレビの前にいた私も同じだったもの。

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チャーリー・ハッスル氏、このプレーヤーに対し、まだなにか言うことがおありですかな?


gonbe5515


かつてイチロー選手は「ホームランはいつでも打てる」と言ったことがあったが、このホームランこそ“狙って打った”ものに違いない。


by starforestspring | 2017-04-21 18:54 | 雑感 | Comments(0)

秘すれば花

昨日の朝、いつもの道を会社へ車を走らせていると、前方に捨てられた本が風にページをめくられているのが見えた。通り過ぎる時に視線をやると、まごうことなきあれはエロ本。女性の裸とおぼしきものが、運転席からもしっかり見えた。

今日、やはり同じ道を会社に向かって車を走らせていた。昨日と同じところに、昨日と同じ本が、昨日と同じように風でペラペラめくれてる。見慣れた肌の色と、見慣れた黒い部分と。

24時間経っているのに、誰も拾わなかったのか。誰もゴミ箱に持って行かなかったのか。

鴨川にかかる橋の下に、仲間と一緒に“基地”を作り、平凡パンチや週刊実話、その他アヤシイ本を持ち寄って息をのんでページをめくった小学生の頃。あそこに持ち寄った本はバス停や駅のホーム、それからゴミ箱の中に捨ててあったものを、周りの様子を伺いながらくすねてきたものだった。

“基地”に集まる友人は、信頼できると信じられるヤツだけ。信頼?小学生にとってそれの意味するところはただひとつ。秘密を語らない、それだけ。出町柳近くにかかる橋、その下の隙間に集い、集めてきた本を順番に回し、順番に息をのむ。黒く塗りつぶされたその向こうにあるものを想像し、妄想する。

私は母親を知らないので、子供のころ、大人の女性と一緒に風呂に入った経験がない。当然大人の女性の体がどういうふうになっているのかも知らない。それを教えてくれるのはパンチであり、実話であり、あやしげな雑誌であった。

大人たちが、自分たちに見せないように遠ざけていたものがこれだということはわかっていた。見てはいけないものを見ている、それもわかっていた。でも、目の前にあるものは実体ではなかった。所詮は紙に印刷された平べったいもの。そこから実体を想像し、形や手触りを想像したのが、今にして思えばわたしの ヰタ・セクスアリス。

声変わりを終え、ステディが出来、そうなるようにそうなって、それを知ったのが16歳。それからそれなりの数の女性の協力を得て、それがそれであることを知り、それがそんな風であることを知る。

そして幾星霜。今の私にあの頃の勢いはない。「ああ、この女性となら」と思う対象はいるけれど、所詮は妄想。それを期待するわけでもなし、現状に不満があるわけでもない。我がニョーボは本当によくしてくれているし、ここが終着点だと心から満足している。

にしても!この世のおおっぴろさはなんとしたことか!
黒塗り?ぼかし?モザイク? それっていったい、いつのこと?
ヘアー解禁。180度開脚。あの頃見えなかったもの、見たかったものが、見たいわけでもないのに見えてしまうこの時代。


今ならわかる。あの橋の下で、ああかもしれない、こうかもしれないと妄想したあの時間が、一番楽しかったと。見えないものの形を想像し、触れられないものの手触りを想像し、聞いたことのない声を想像し。

『 秘する花を知ること。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず、となり。』
アスファルトの道路にペラペラなびく、それとわかるエロ本。二日間、誰にもどうともされなかったエロ本。考えてみれば哀しいエロ本。


『秘すれば花』
知らないからこそ、知られないからこそ意味と価値を持つ、偉大なるもの。


『秘すれば花』
このトシになってこそ、いろいろ考えてしまう言葉ではなかろうか。


gonbe5515






by starforestspring | 2017-04-18 20:45 | 雑感 | Comments(0)

省略の妙

富山に残った娘(彼女は最初、東京の大学に行くと言っていた)が、最近DVDを見るようになった。彼女はこれまで、音楽一辺倒で、映画を見ることはまれだったのに。それなら・・と、私がDVDとBDに録りためたいろんな作品を勧めてみるのだが、これが全く興味を示さない。どうやら大好きな成田凌クンや広瀬すずさんが出演する映画を狙って観ているらしい。彼女の今の関心事は、『ちはやふる』の続編だとのこと。・・・まあ、最初の一歩は誰しもそんなもんかもしれない。



今日の『ひよっこ』で、懐かしいものを見た。
父の失踪を母から打ち明けてもらったみね子が、バスの中ではしゃいでいると、それを不自然に感じた時子と三男から問い詰められてしまう。理由を明かさないみね子に「あんたはずっと黙ってることなんか出来ないんだから」と時子に突っ込まれ、隠しきれずに打ち明ける・・というシーン。

時子の詰問にみね子が「はい」と答えたシーンから、場面が切り替わって小さな橋を渡るバスの姿が入る。そしてまた車内のシーンに戻ると、その時には父の失踪を打ち明けるみね子の話は終わっている。映像作品ではお約束の手法だろう。見ている我々は、打ち明け話の内容をすでに知っているのだから、同じ話を繰り返す必要はない。要は登場人物(時子と三男)(車掌さんと運転手さん)がその話を“聞いた”ということが見るものに伝わればいい。

みね子が時子と三男に話をする時間がちゃんと存在したことを見るものにわからせ、かつそれを省略すること。そのためにバスが走るシーンが二つのシーンの間に挿入される。映像であればこそ使える手法だと思う。映像(=時間)を省略しながら、なにが起きたのかをちゃんとわからせる。こういうのを「省略の妙」と言うのではあるまいか。

 「文章の中の、ここの箇所は切り捨てたらよいものか、それとも、このままのほうがよいものか、途方にくれた場合には、必ずその箇所を切り捨てなければいけない。いわんや、その箇所に何か書き加えるなど、もってのほかというべきであろう」

これは太宰治さんの言葉だ。その一節に内包されていることごとを説明しすぎないようにし、あえて行間に潜ませて、読者の想像の世界を制限してしまわないようにする。これも省略の妙を言っておられるのだと思う。



娘は、東京行きをやめ、富山に残った理由を話さない。ニョーボが言うには、一人暮らしが不安だったんじゃないかということだ。なるほどと思う反面、それだけだろうかという疑問もある。娘二人を、いっぺんに大阪と東京とに送り出し、それぞれ一人暮らしをさせる両親の、経済的負担を慮ってのことなのじゃないかと想像したりする。で、それとなく娘の様子をさぐるのだけれど、彼女はいつもと変わらずのほほんと暮らしている・・・ように見える。

“省略の妙”
娘はその使い方だけは知っているのかもしれない。



gonbe5515



by starforestspring | 2017-04-17 20:50 | 雑感 | Comments(0)

余白の美

墨をすって筆で文字を書く。
そんなことをしなくなって一体何年経つのか。
両手の指では足りない。両足の指を足してもまだ足りない。

カシ子さん、鳩子さんが筆を持って文字を書いてる姿を見て、すっかり忘れていた我が身の恥を思い出してしまいました。
「墨をすると、心が落ち着くものです。文字を書く前に墨をすることで、気持ちを整えるのです。」
習字の先生がそんなことを教えてくれてたけれど、もちろん子どもの私にそれを理解することは出来ず。椅子に座って墨を前後にこすってるより、広いグラウンドでサッカーボールを蹴ってるほうが絶対いいと思ってましたし。(そんな私が今、草むしりをしてると無心になれるのは不思議だ)

白い半紙に黒い墨。
白と黒。色はふたつあるのだけれど、習字を始めた頃の私は、黒、その一色だけが色だった。半紙は背景であり、黒を乗せるだけのもの。そんなふうに軽く考えていた。そんな私に一大転機をくれた人がいた。彼女は子どものころから習字一筋ウン十年、立派な師範様でいらっしゃる。その作品を見せてもらったとき、半紙に書かれている文字を、私は解読出来なかったが、半紙の中にある文字と、半紙とのバランスが実に何とも微妙な美しさを作り出してることはわかった。ほんの1cm、上にいったり横にずれたりしたら、きっと全然違う作品になるだろうということは想像できた。

黒い文字。それを支える白い紙。
そのふたつがそれぞれに存在し、同じ場所にいることで、より以上の美をつくりだすことが出来る。なんだかとてもいいことを知った。そんな気分だった。

なにも書かれてないところ、すきま。無。そんなふうに思えるところが、ホントはとてもいい仕事をしており、その存在なくして映えるものこれなし・・・なのだと知ることは、山菜の苦みを美味しいと気づくことに似てる気がする。

見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ

金子みすずさんの『星とたんぽぽ』を読んだとき、泣きたくなるほど共感出来たのは、墨と半紙の間柄に気づいていたからではなかろうか。

見えないものにこころを寄せる。
書かれてないことに思いをはせる。

『余白の美』いいなあ。


gonbe5515


by starforestspring | 2017-04-16 20:52 | 雑感 | Comments(0)

人体の不思議

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人間を60年近くやってると、体のあちこちにガタがきてくる。
若い頃から点検を怠らず、おかしなところをみつけたらすぐに対処して、今にいたっても若いころの状態を保っておられる方もおられようが・・・・あいにく私はそれほどマメではなかったので。

その中で最たるものが歯。
本人、じつはこれが意外でしょうがない。
小学生のころから歯の検診は大好きだった。だって自信満々だったし。虫歯なんて一本もなかったし。「歯医者に行ったときのあの“キーン”って音、ホント嫌だよねえ」と友人たちが言い合ってるのも、なんのことだかよくわからなかったし。私が初めて歯医者に行ったのは、20歳のとき。友人の同伴者として出かけた歯医者(初めて入った歯医者さんには興味津々だった)のドクターに「おともだち?せっかくだからみてあげようか?」の言葉に乗せられ診察台に乗ったら「ああ・・親知らずがありますねえ。これは抜かないと」なんて言われてしまい。のちのち大変なことになるからと脅されて、次回診察を予約。そして、次々に抜かれてしまったのだった。あの夜の寝られないほどの痛みは今でも忘れられない。(抜いた親知らずは上下左右の計4本)

今に至って、虫歯はないのに、歯茎がその頑丈すぎる歯を支えられなくなったようで。

そんなワケで、私の口の中は、今やサイボーグ状態。
今日も今日とて治療に出かけ、新しい人工歯の調整をしてきたところ。

そこで思ったのだ。
人間の体って、ほんとうに不思議だ。
生まれて成長するにつれ、体のあちこちの部分が“ちゃんと機能するように”ヌシの知らないところで”勝手に調節してくれてる。歯のことを言えば噛み合わせ。上の歯と下の歯は、いったいどうやってお互いがぴったり合わさったときに、突っつきあったりすることもなく、スカスカな隙間を作ることもなく、食物をすりつぶし、ちぎれるような形に整うだろうか。

足の指、手の指。それぞれに長さとか形状とか、ヌシが「こんな風になれ」と指示したわけでもないのに、物をつかんだり、キーをたたいたりするのに都合のいい形に揃ってくれる。

人間の体ってほんとうに不思議だ。

私という人格が、他の誰とも同じでないこともまたしかり。

みんな違う人格で、同じ人はいない。顔かたちがそっくりでも(一卵性双生児)性格や好みは違うし。#我が家の娘たちは二卵性双生児で、顔かたちはちょっと違うけど、寝相は同じというおもしろいコンビ

体がサイボーグ化していっても、心がそうならなければいい。
人とは違う趣味嗜好を持っていても、人に話せば「え・・そ、そうだったんですか?」という性癖を持っていても、それが私という個体の識別方法。

あと何年この体がもつかわからないけれど、これからはもう少し労った使い方をしていこうと思ってる。気をつけながらね。調子が悪ければムリをしないようにして。こころもからだも、おなじ瞬間に壊れる。そんなのがいいな。

とにもかくにも、ヌシの知らないところでいろいろ頑張ってくれてて本当にありがとう。
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gonbe5515

ツバキ文具店』本日より放送です。





by starforestspring | 2017-04-14 19:40 | 雑感 | Comments(0)

桜 その不可思議な美しさ

毎朝散歩に出かける時に通るお家の庭に桜の木が一本立っている。
まだ若い木で、なんともいえぬ可愛らしい桜色。
今朝、いつものとおりその家の前を通ると、花が散り始めていた。
てっぺんのほうが緑色。若々しい緑と、なんともいえぬ可愛らしい桜色の対比がうっとりするほど美しくて、先を急ぐ愛犬のリードをきつく絞りながらその場でしばらく見惚れてしまった。


敷島の 大和心を 人問わば 朝日ににおう 山桜花
               本居宣長

ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月のころ
               西行

清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵会う人みな美しき
               与謝野晶子

桜がらみで好きな歌はこのみっつ。
「そのきさらぎの望月のころ」に、ぴったり逝ってしまわれた西行師もすごいと思うし、祇園から清水への道を歩きながら、晶子さんをして周りにあるものすべてを許せてしまう心持ちにさせたその理由はなんだったのだろうと考えることも楽しい。

桜は、いい。

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毎年出かけている植物園の夜間開放。(さくらまつり)
毎年家族4人で出かけていたが、娘の一人が大阪に行ってしまったため、今年は3人。
なんだか寂しいなあと思っていたら、富山に残った娘がLINEを使って大阪にいる娘に桜を見せていた。「○○、見える?きれいだよ~」「見える~!いいねえ!」スマホを通してやりとりする娘たちの声、映し出される大阪にいる娘の顔。遠く離れているはずなのに家族4人が一緒に桜の木の下で言葉を交わし笑顔を交わし。
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正月の下鴨神社の初詣。春の植物園での桜見物。みたらし祭りの下鴨神社。娘たちが生まれたときからずっと続けてきた家族の恒例行事が、娘たちの成長とともに、消えていってしまうのを覚悟していたけれど、技術の進歩のおかげで、とりあえず今年は形を変えて続けることが出来た。

今年もまた桜を見ることが出来た喜びがひとつ。そして将来、老いた私がベッドから離れられない日が来たとしても、今日のようにLINEを使えば、娘たちによって遠くの桜を見ることが出来るんだという、ちょっとした安心感がひとつ。

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桜。
この花が咲き誇り、そして散っていくのを見るにつけ、日本に生まれてよかったと思う私です。

いろんな意味で。


gonbe5515






by starforestspring | 2017-04-13 21:57 | 雑感 | Comments(0)

続・加川良さん

昔、西田敏行さんが「もしもピアノが弾けたなら」という曲を歌っていたことがある。

♪ もしもピアノが弾けたなら
♪ 思いの全てを歌にして
♪ キミに伝えることだろう

ピアノが弾けない男にとって、ピアノが弾けるというのは、とてつもない憧れである。この歌のとおり、自分がピアノを弾けたなら、あんなことを歌いたい、あんな曲を弾きたい・・・そういう“夢想”をしたことこれまで数知れず。

そんな中、自分がピアノを弾けないことを決定的に恨んだのが、加川良さんの「精一杯」を聴いたとき。この曲のピアノと歌は、ただただ「いいんです!」としか言葉にしようがない。アルバム『やぁ』で、この曲が登場するのは、最後から2番目。その出てくるタイミングも、アルバム全体を見渡したとき、「絶妙だよなあ」 と、私はいつも感心している。 ピアノの弾けない身ながら、この曲を、仕事を終えた一日の終わりに、グラスを脇に置いて歌えたら、どんなにかいい気持ちだろう・・・なんて、これまた“夢想”したものだ。


♪ これだけ今日は頑張りましたと 日は暮れてゆきます
♪ これだけ今日も歩きましたと 僕は僕でひとりごと

♪ ひとりごとばかり手のひらにのせて あんたこれからどちらまで  
♪ そして私はあちらまで あんたも僕も精一杯

♪ 抜けられません この先は 戻れませんよ ここからじゃ
♪ もう何にも聞きたくありません もう何にも言えません

♪ 上には上がありました そして僕は僕でしかなかったし
♪ 下には下がありました それでよかったとひとりごと

♪ 夕焼け空は何色でしょうと 首をかしげて見つめるよりも
♪ 眺めてみれば幸せでした あんたも僕も精一

♪ 抜けられません この先は 戻れませんよ ここからじゃ
♪ もう何にも聞きたくありません もう何にも言えません

        「精一杯」  作詞・作曲 加川良



ピアノが弾けないまんま、たぶんこの世を去ることになるだろう自分を思うとき、次の世に生まれ変われるものなら、シュレーダーのように、ピアノとともに音楽に生きる人生を歩みたいものだ・・・。そんなふうに私の“夢想”はとめどがない。


加川良さんが逝ってしまったことは、どうやら夢ではないようだけど。
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gonbe5515



by starforestspring | 2017-04-07 20:28 | 雑感 | Comments(0)

加川良さん

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加川良さん、逝く。

69才でいらしたそうだ。

拓郎、陽水、かぐや姫。
当時のフォークシーンでビッグ3と謳われていた人たちが何枚もアルバムを出し、大きなステージでコンサートを開いていた頃、加川良さんや高田渡さんたちは、小さなステージやライブハウスで歌っていた。・・・てなことを言うと、当時をご存知ない方は、加川良さんや高田渡さんが、ビッグ3とは違う世界に住む、日陰の身のような存在と思われるかもしれないが、それは違う。加川良さん、高田渡さん、彼らの歌の世界をこよなく愛するファンは、静かに、穏やかに、そして確信と大いなる満足を持って、直射日光の当たらないところで歌うお二人のそばに、自分の意志で出かけていったのだ。
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私は加川良さんが好きだった。
初めて聴いたアルバムが『やぁ』。このアルバムは私の大切なアルバムの中のひとつだ。このアルバムを聴いてすっかりファンになった私は、続けて『教訓』『親愛なるQに捧ぐ』『アウト・オブ・マインド』などを聴き、そこで“伝道” “ 下宿屋” を知ることになる。『やぁ』に収録されている曲はみんな好きだが、その中でも特に最後の2曲、“ 精一杯” “ 流行歌”は素晴らしいと思う。

そんな加川良さんが、急性白血病のために亡くなった。
人の生き死にに早い遅いを言ってもせんないこととはわかっていても、まだまだ歌ってもらいたかった。

私はビッグ3はもちろん好きだ。アルバムだって持ってるし、つま恋のDVDも買った。青春ど真ん中だった私は、 ビッグ3の歌を聴いて自分の世界が拡散していくのを実感出来た。対して加川良さん。彼の歌を聴くことで、私は自分という存在の奥深いところへどんどん沈んでいき、自分自身の核となる部分を見つめることが出来た。加川良さんが歌う、素朴で単純な、そして謎めいた言葉で。


♪ 悲しい時にゃ悲しみなさい
♪ 気にする事じゃありません
♪ あなたの大事な命に関わることもあるまいし

♪ そうですそれが運命でしょう
♪ 気にする事じゃありません
♪ 生まれて死ぬまでつきまとうのは
♪ 悩みと云うものだけなのですよ

      “伝道”  作詞作曲 加川良



私がギターを覚え、へたくそながらも人前で歌う時間をもらっていたころ、必ず最後に『流行歌』を歌った。

♪ マッチ 1本 火をつけて
♪ 明日をのぞいたら
♪ 夜空 いっぱい 思い出が
♪ ふるえていました

♪ だから僕は 火を消して
♪ 夜空を見上げ
♪ 思い出 いっぱい かきあつめ
♪ そして 唄います

♪ 君は君のことが 好きでありますように
♪ 僕は僕のことが 好きでありますように

♪ マッチ 1本 火をつけて
♪ 夜空を 見上げたら
♪ 私だけの明日が
♪ のぞいていました

      “流行歌”  作詞作曲 加川良


「マッチ一本火をつけて 夜空を見上げたら 私だけの明日が のぞいていました」

曲の最後のこのフレーズを歌う時、「そやな、なんとかなるやろ・・」と、確証も裏付けも、そんなものなにもないのに、なんていうかこう、心がリセットされる・・そんな心持ちになったものだ。

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加川良さんが、この世にもういない。
あっちの世界に旅立ってしまわれた。
また一人、逝ってしまわれた。

見送るばかりっていうのは、寂しい。


gonbe5515

ハンバートハンバートを、世に押し出して下さったのも加川良さん。
良成さん、遊歩さん、今どんなお気持ちでいらっしゃるのか。。。




by starforestspring | 2017-04-06 21:29 | 雑感 | Comments(0)

時は春

京都円山公園の桜の様子が気になる今日この頃。
無事でいてくれよと、願うばかりです。

4月も5日。春ですねえ。
桜が咲くとか、最低気温が7度を超えるとか、「ああ、春が来たなあ」と思えるサインはいくつかありますが、私にとっての一番のもの、それはNHKの『ワールドスポーツMLB』が始まることです。ひいきのチームはレッドソックスとドジャース。注目するチームはアストロズとレンジャーズ、それからインディアンズ。

この5チームを軸に、今年のMLBを見守っていきたいと思っています。
それにしても・・アストロズのアルトゥーベは、見てて楽しい選手ですな。
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ドジャースのカーショーは、人柄の良さが伺えるプレーぶりです。
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田中、岩隈、前田、ダルビッシュ。日本人先発投手はことごとく勝利投手になれず。
まだまだ先はながいですから、気にすることはありません。日本をみてごらんなさい。開幕戦に勝った次の日に、『このまま優勝だ!』という見出しをつける新聞社。その新聞社の野球部の面々、恥ずかしくなかったですかね?開幕戦勝っただけで『優勝だ!』・・・ほんとうにもう、なんて言っていいのか、へそで湯を沸かす・・くらいじゃすまないほどの見出しですぜ。この記事を止める社員はいなかったのか?

4月の番組改編に伴い、桑子さんがニュース9のキャスターとなられました。
デビューの放送を拝見しましたが・・・綺麗になられましたねえ。
ニュース9は看板番組。 NHKのスタイリストさんたちの気合いの入れ方も違うのかもしれません。>もちろん素材のよさがあればこそ、腕のふるいようもあるというものでしょう。
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『ブラタモリ』でブレイクした桑子さんが、NHKの看板番組のキャスターになられたのは、本当に祝着でございます。イレブンのときみたいに気楽にはいかないでしょうが、それでも桑子さんの個性を生かしたニュース読みをお願いしたいものです。

私の好きなNPBのチームは横浜ベイスターズ(旧大洋ホエールズ)ですが、ベイスターズの勝ち負けに注目するのは秋風が吹き始める9月の末ころからです。

家に帰ってから録画した番組を見る楽しみが増える。
春は、そういう季節です。


gonbe5515





by starforestspring | 2017-04-05 18:51 | 雑感 | Comments(0)


タベリストgonbe     よしなしごとつづり


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