カテゴリ:雑感( 928 )

その瞬間を待つ顔

大好きなカツオのたたきが食卓にのぼったとき。
ひいきのサッカーチームがゴールを決めたとき。
炎天下、庭仕事の途中でビールを口に運ぶとき。

たぶん、私はこういう時に、幸せそうな顔をするんだと思う。

今、富山県に天皇皇后両陛下がおいでになっている。昨日は高岡市にいらっしゃり、富山市のホテルで宿泊されて、今朝魚津市に向かわれたようだ。

今朝9時すぎ、仕事で取引先の会社に向かった。取引先に行くには、国道41号線を走るのだけど、目的地までのルート上に、両陛下が宿泊されてるホテルと、利用される高速道路のインターチェンジがある。国道沿いには警備の警察官たちが大勢立っていて、さすがにものものしい雰囲気。「励めよ、日本の警察官!と心でエールを送りながら走っていると、ホテルに近づくにつれ、両陛下を一目見ようとする人々がところどころに固まっているのが見えてきた。

駅伝の応援のように、国道に沿ってズラ~ッと並んでるというのではなく、ところどころに何十人かずついる。洗濯を済ませて出て来ました・・みたいな主婦のグループ、近所の病院に入院してるんですけど出て来ました、というような、車いすに乗ったおじいさんおばあさん。保育園の園児たち。手に手に小旗を持って、警察官が大きな声で喋る注意事項を聞いている。>信号待ちの時、私にも聞こえた。

その人たちの中に・・・なんて言えばいいのか、ひときわ幸せそうな、笑顔を満面にたたえた人が何人かいた。全員じゃない。何人か。集まっている人たちの多くは、「陛下たちがおらが町の道路を通っていかれるなら、ひと目その姿を見させてもらって、のちの話のネタにさせてもらおうじゃないかみたいな人たちが多いのだろうけど、そうではなく、陛下たちのお姿を拝見する瞬間が近づいてくるのが楽しみで仕方がない、その場に立ち会えるのが嬉しくて仕方ない、そういう抑えきれない幸福館が、表情に満ちあふれてしまってる人たちがいた。


ああ、いい顔してるなあ。そう思いましたよ。


なにを幸せと感じるか。なにを不幸と感じるか。
好き、嫌い、賛成、反対。ひとつの事柄に対する意見は人それぞれ。
厳重な警備体制を敷くということは、陛下たちに対し危害を加えようとする人たちがいるかもしれないという前提にたってるわけで。
そして同時に、小旗を持ってわざわざ国道沿いに集まってくる人がいるわけで。

それぞれの考え方について、ここでは書かない。

ただ、幸せな瞬間を待つ人っていうのは、本当にいい顔をするんだなと。
その表情を見させてもらったことに、お礼を言いたくなるくらい、いい顔だったんだ。


陛下もきっと、お喜びのことだろう。



gonbe5515






by starforestspring | 2017-05-28 20:48 | 雑感 | Comments(0)

「おまけの人生について考える」の、こころだぁ~

・・・わかる人にわかってもらえれば、私はもうそれだけで・・。


昨日、幸田露伴先生の晩年のエピソードについて書いた。
書いたあと、色々考えてしまいました。思い出せる楽しい出来事っていうのがどれほどあれば 「昔のことを色々思い出しては楽しんでいますよ」という科白が言えるのだろうと。おもいやりと強がりとやさしさと、それから本音かなあ。

定年を間近に控えた私が最近夢想するのが「おまけの人生」。娘たちが独立し、ニョーボと二人だけの生活に集中出来るようになった時、それを私は「おまけの人生」と称している。そんな日が来たならば、 窮屈なネクタイ、ズボンとおさらばし、体に合わせた着物を着て過ごすのだ。名作「ツバキ文具店」にご出演の男爵を見てると、その意はますます強くなる。男爵ほど資産家でもないし、人格者でもないけれど、周りの視線を気にすることなく、自分の好きな格好で町を歩けたら、どんなに痛快だろうと思う。

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思いついて自分のブログで「おまけの人生」で検索してみたら、これだけヒットした。どんだけほしがってんねん!ですな。もちろん、食事はこんなのを。


gonbe5515




by starforestspring | 2017-05-27 20:48 | 雑感 | Comments(0)

キャッチボール

ある本で読んだ話。

幸田露伴氏は晩年寝たきりになり、口述以外はなにも出来なくなってしまった。
ある時訪ねてきた人が「なにもなさらず、そうしていらして、なにをお考えでしょうか?」と尋ねると、氏答えて曰く「昔のことを色々思い出しては楽しんでいますよ」

楽しい思い出があるのもうらやましいし、心配してくれる人の気持ちを軽くしてあげる心配りも凄いなと。

将来寝たきりになったとき、私もこんな風に答えることができるのだろうか。“思い出して楽しむ”時間があるかどうかはさておき、そんなことが出来る意識を保っていられたら、それだけ充分だけど。

子供の頃、よくキャッチボールをした。 ボールを相手に投げる。相手が投げたボールを受ける。ただそれだけのことがとても楽しかった。一人で壁に向かって投げるのではなく、一人で素振りをしているのでもなく、自分が投げたボールが相手に届き、それがまた返って来る。強く、緩く。高く、低く。ボールを相手に届けるにも、いろんな手法があった。相手からもまた、いろんなボールが届いた。グローブの皮を通して手のひらに感じるボールの衝撃、そして音。あたりまえと思っていたそのひとつひとつが、今思えばとても貴重な体験だったことに気づく。

まだちゃんとボールを投げられなかった頃教わったのは、相手の胸のあたりを狙って投げるんだということ。ボールを受けた相手が、それをつかみ、投げ返すまで。その動作が一番スムーズに出来るのは、胸のあたりでボールを受け取ったときだからと。それ以外のところで受け取ったボールは、投げ返すまでに、余計な動作を加えなければならないからと。

相手のことを考えながら自分の動作を決める。自分のことを考えながら、相手が動作を決めてくれる。大げさに言えば、直径7cmちょっとの小さなボールに、お互いの思いやりが乗っかっていたわけだ。そんな遊びが面白くないはずがない。

得点を競う。時間を競う。勝者敗者を決める。スマホを相手にゲームを楽しんでいる青少年諸君は、何十年後かに寝たきりになったとき、それを楽しく思い出すのだろうか。


誰か私と、キャッチボールをしませんか?


gonbe5515






by starforestspring | 2017-05-26 20:20 | 雑感 | Comments(0)

好きな人には好きなだけ、そうでない人にはそれなりに

毎日楽しみに見ている『ワールドスポーツMLB』を見てると、これまで以上に“データ”が出てくる。フライを捕れる確率だとか、目標に向かっての有効ルートだとか。そういうのに興味を持ってる人がいるんだろうなあと思い、私はスルーしてたのだけど・・。今日の大相撲中継を見てたら、“立ち会いの時に踏み出す足が右か左か”をデータで紹介してるのがあった。蒼国来は30回のうち20回が左で10回が右。対する正代は全て左・・・だそうな。

サッカーでも、ピッチをエリアごとに分けて、それぞれのエリアでどれだけボールをキープしたとか、各選手の走った距離を比較したりだとか、出したパスの成功率だとか、そういうのを事細かに教えてくれる。

申し訳ないけど、私は全然興味がないので。
捕れる確率20%のフライを捕ったから凄いなあとか、「お、今日は右足で踏み込んだ」とか。ホントそういうのはどうでもいいですから。

目で見えるもの。
捕れそうにもないフライをダイビングして捕るプレー。右足のアウトサイドで右側に出すパス、見た瞬間「お~っ!」と、唸ってしまうプレーを純粋に楽しみたい。データは、スポーツ観戦にはいりません。分析にはいるでしょう。それは必要なことです。自分のチームの特徴、偏向、クセ。そういうのをあぶり出すのに、データは必要でしょう。でも、観戦者にはそこまで深いデータはいらないと思います。

観る者は、プロフェッショナルのプレーを楽しみたい。自分には絶対出来そうもないプレーを見せてくれる選手。信じられない迫力でぶつかり合う力士。それを入れますか?と言いたくなるようなシュート。目に見えるものに対する驚きと感動は、パーセンテージでは表せないと思います。


そういうのが好きな方にはたまらないデータなのでしょう。そういう需要があるだろうことも想像出来ます。が、私にとってはそういうデータを見せるための画面上のスペースや、解説するアナウンサーさんのセリフは、邪魔以外の何ものでもありません。

プロフェッショナルのプレーに、唸り、驚き、感動する。スポーツ観戦の醍醐味は、そこにあるんじゃないでしょうか。


gonbe5515







by starforestspring | 2017-05-23 21:56 | 雑感 | Comments(0)

大相撲を見て考える

この頃また、ブログのメニュー部分が記事の右側ではなく下側に表示されるようになってしまった。もうかなり長い間、このレイアウトを変えずにいるので、私もすっかりなじんでるし、これからも変える気はなかったのだが、こんな風になってしまってはそれも考えもの。いったい、なにがどうしてこうなったのか・・・・。


大相撲、先場所のケガの影響か、稀勢の里がつまづいているけれど、国技館は連日満員御礼。遠藤、御嶽海、千代の国など、見ていて気持ちのいい相撲を見せてくれる“若手”が、これまで角界をひっぱってきた“重鎮”たちを脅かす存在になってるのがたのもしい限り。(サポーターだの絆創膏だのを分厚く巻いてる姿が見苦しく、あれだけはなんとかならないのかと思うけれど)

世代交代、新旧交代。
会社でも、スポーツ界でも、芸能界でも、どこの世界においても繰り返されるこの流れは、楽しみと寂しさとが混じり合う。

この場所が終わったら、この世界からの引退を決意する力士も何人かいるだろう。それはもちろん、幕内でスポットライトを浴びてきた力士だけに限らず、薄暗い土俵で相撲を取り続けた力士、裏方として支えてきた人たちの中にも。

気持ちは折れたわけではなく、体がついてこない。
体は元気なのに、気持ちが続かない。
気持ちも体も元気なのに、他の事情がそれを許さない。


“去る”理由は人それぞれ。


私にもいつかやってくるその日。
願わくば、ちゃんと心の整理を終えて、雨上がりの朝のようなサッパリとした心持ちで、最後の一日を迎えたいものだ。


gonbe5515
by starforestspring | 2017-05-21 19:39 | 雑感 | Comments(0)

紙と木の家

ある先輩がこんなことを言っていた。
『2回目でないと、本当に気に入った家を建てられない。』

世間にどれだけ『2回目の家』を建てられる人がいるか知らないが、先輩にしては珍しくこの言葉は真実を突いてると思う。家を建てる、それだけで舞い上がってしまう1回目より、自分の家で暮らすようになってから、初めて気づくあんなことやこんなこと。2回目には、それらを反映させることが出来るから、“本当に気に入った”家にすることが出来る。

まあでも、先輩がそんな風に言えたのも、富山の地価が安いからこそ。確認のために国土交通省のページで確認してみて、改めて驚いた。北陸三県でも一番安く、全国の下から数えて8番目。


都市環境が同じで、地価だけが安い・・っていうならお得感満載だけど、安いは安いなりの不便も多いのです。いっそ、「不便が多いからこそこのお値段です。」と言ってしまったほうが、誤解を招かずにすむのではないか。


いやいや、今日書いておきたいことはそんなことではなく。


もうそんなことは絶対ムリだとわかってはいるけれど、もし2回目があったら、障子を入れたり外したりすることで広さが調節でき、風の通り道を造ることが出来る家を。縁側で爪切りが出来る家を。紙と木で出来た呼吸する家を建てたいものだ。

そう、鳩子が住むあんな家に。
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gonbe5515






by starforestspring | 2017-05-20 17:41 | 雑感 | Comments(0)

聴覚

先日、仕事中に補聴器の電池が切れた。別に珍しいことではない。ただふだんと違ったのが、その場所。わたしが仕事中多くの時間を過ごす事務所ではなく、BGMが流れるロビーに座っている時に電池が切れたのだ。

驚いた。電池を交換するために補聴器を耳からはずし、新しい電池を入れてはめ直すまでの30秒足らずの時間、さっきまで流れていたBGMがまったく聞こえないのだ。

仕事以外の時間、私はほとんど補聴器を外している。自分ではそうとは思わないのだが、たとえば家族と一緒に私の車で外出するとき、カーステレオのボリュームを私が聞こえるように調整すると、「パパ、うるさい」と娘に言われる。休日、窓を全開にしてDVDを見てると、仕事から帰ってきたニョーボが「道路まで音が聞こえてるよ」と、慌てて窓を閉めてしまう。

補聴器を外すと、私自身はすごぶる快適。補聴器を入れることで感じる耳の違和感もないし、自分の耳に入れたい音のみを集中して聞くことが出来る。でも、その私の行為が、いったいどれたけの人に不思議な思い、不快な思いをさせているのだろう。

“難聴者” と一目でわかる目印のようなものはない。市役所の窓口に置いてあるような筆談用の紙とペンが、コンビニやスーパーのレジ、医者の受付にあるわけではない。起きなくてもいいすれ違いや、会話がかみ合わない不思議、微妙に流れる居心地の悪さ。難聴者を前にした健常者の皆さんの頭の上に、どれだけ見えないクエスチョンマークが飛び交っていることだろう。

先日観た『湯を沸かすほどの熱い愛』で、杉咲花演ずる安澄が、耳が聞こえない君枝さんと手話で会話をするシーンは本当に泣けた。こう言ったら叱られるかもしれないが、その涙の量は、耳が聞こえる人より、すこしだけ多かったに違いない。今からでも遅くない。私も手話を習おうか、そう考えてしまうほどリアルなシーンだった。>実際、あそこを見るためだけでもあの映画を見る値打ちはあるはず。

ロビーから音が消えたあの瞬間、これが私の世界だと感じると同時に、それが私のまわりにいる人たちとは違う世界なのだということを改めて思い知った。その違いとなんとか折り合いをつけながら、これからも生きていくしかない。




gonbe5515




by starforestspring | 2017-05-17 05:59 | 雑感 | Comments(0)

新大統領たち

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フランスでマクロン大統領誕生。
EUを構成する欧州の首脳たちは、おおむね氏の当選を歓迎しているとのこと。ただ支持基盤が必ずしも盤石ではないとの報道を読むと、多少の不安を感じないでもないが、そこは天下の大統領、思い切り自分の思うとおりにやっていただきたいものだ。

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そういえば、トランプ大統領も、FBIのコミー長官を解任したことで、またぞろマスコミを賑わせている。解任についての報道官の発言「極端なことを言えば、指名した瞬間から解任を視野に入れていた」というのは・・・コミー長官の株を下げるものなのか、そんな人を長官に指名した(せざるを得なかった)ホワイトハウスの株を下げるものなのか、どちらなんでしょうね。


なんだか専門家ぶって、わかったようなことをエラソウに書いていますが、実際は“下々の者”の、うわさ話程度のことです。でも、そういううわさ話が、政権の行方を決めてしまう要素のひとつになることもまた事実ですよね?


フランス大統領の当選や、アメリカ大統領のFBI長官解任は確かに大きなニュースでありますが、なにより注目すべきは韓国大統領選挙の勝者、 在寅(ムン・ジェイン)氏のこれからです。
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新大統領は安倍首相との電話会談において2015年の日韓合意について「国民の大多数が情緒的に受け入れることができないのが現実だ」と、おっしゃったそうです。これを“状況説明”と取るか、新大統領の“国民の意思という皮をかぶせた自身の意思表示”と取るか。


同じ電話会談で新大統領は「歴史問題が両国の未来志向的発展の障害になってはならない。賢く克服していく必要がある」とおっしゃっておられます。未来志向? あの日韓合意こそ、未来志向の賜物として国家と国家の約束事として結実したものではなかったのでしょうか?選挙前にその合意を「再交渉する」と公約に掲げていた方の言葉とは思えません。


韓国から日本にやってくる観光客が500万人を越え、過去最高を記録したそうです。

日本政府観光局


国籍/月別 訪日外客数(2003年~2017年)の2ページ目、「 2016年訪日外客数」の表を見ると、韓国から日本にやってくる人は5,090,302人。アジアでは中国に次いで第二位。中国も、そうですが、どうして嫌いなはずの国にわざわざやってくるのでしょう?神社仏閣に油をかけるため?違いますよね、純粋に日本を楽しみたくて来られるのですよね?私は信じてますよ。

嫌日、親日。
ひとつで括ることの出来ない感情を、彼の国の人たちも持あましておられるのかもしれない。


gonbe5515



by starforestspring | 2017-05-13 19:27 | 雑感 | Comments(0)

コトバのコワサ

ハンバートハンバートの曲、『国語』の中の一節をご紹介申し上げる。

外国のコトバをカタカナに
わからないことを曖昧に

みんなが普通に使っている
そのコトバの意味がわからない
ねえ、マニフェストって?
ねえ、プライオリティって?
だますときにだけ使うなよ。
わからないくせに使うなよ
てめえの都合で使うなよ



   作詞 佐藤良成


このグループの曲は、1970年代のころを彷彿とさせる。
いろいろ考えるし、頷いてしまうことも多い。
是非一度“ダマされたと思って”聴いてみられることをお勧めする。
・・・・聴いた後、「ダマされた」 と思われても責任は取れないけれど。

実際、よくわかってないのに、使ってる言葉って多い。
カタカナで言ってるから、なんとなくこういう意味かな?と想像出来るのだけど、「○○って意味ですよね?」とは誰も確認しない。


思い出すのは、初めて私がWindowsのパソコンを使ったとき。
最初のパソコンがMacのPerfoma5410。以降ずっとMacを使っていた私が会社の都合でWindowsを使わなければならなくなったとき、その操作性の違いに戸惑って、マニュアルを開いたのだ。そこに出てくる「プロパティ」とか「ディレクトリ」とかいう単語に「???」

本当にあの時は困った。あの時私は、AppleとMicrosoftとの、パソコンをユーザーに届けるにあたっての、取り組み方の違いを実感したのだった。



コトバは変わる。時代とともに変わる。明治や大正時代に使っていたコトバが、今は使われなくなっているし、使い方、意味が変わってしまってるコトバがけっこうある。これから書くことを腹立たしく思う方がおられるに違いないのだけれど、それを承知で書かせていただく。ご立腹の方にはもうしわけないけれど、こういうアホもいるのだと、笑い飛ばして下されば幸い。



最近よく目にするコトバの中に、私にはどうしてもなじめないコトバがいくつかある。カタカナではなくひらがななのだけど、その使われ方というか意味するところを考えたとき、なんと説明していいのかわからない「気色悪さ」 があるコトバである。

「ほっこり」
「がっつり」
「まったり」

最後の文字が“り”であるのは、偶然が必然か、そこのところは検証していないけれど、とにかく私はこれらのコトバが苦手だ。

「ほっこり」というのは、そもそも“疲れた”という意味で使われていたはずで、それが最近は“あたたかい”“いやされる”という意味で使われることが多い。もともとそういう意味があるにせよ、最近の乱用ぶりはあまりにあまり。極端なことを言えば「そう言っておけば済むと思って!」なのだ、私には。

「がっつり」もそう。
これは北海道や熊本の方言だそうで、“思い切り”とか“たっぷり”とかいう意味で使われるらしい。方言なら方言として使われればいいのに、最近は全国区になったようで、あちこちで耳にする。「ツバキ文具店」の鳩子さえ使ってた。私はこの“がっつり”というコトバの響きが苦手なのだ。理屈ではない、感覚的なものだ。とにかく“さぶイボ”が立つほどに、苦手なのだ。まして女の子がそれを使うのは。

苦手なら、自分が使わないでおけば済むだけの話。別に人に同意を求めるつもりはさらさらない。ただ、コトバというのは読む人聞く人にとって、快いものばかりではないのだということを、肝に銘じておこうと思う。


gonbe5515





by starforestspring | 2017-05-12 19:06 | 雑感 | Comments(0)

つれづれなるもの


「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ

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『徒然草』は、中学高校で習う、古典への入口みたいなもの。覚えてるのは、兼好法師が書いた内容ではなく、「つれづれなるままに日暮し硯に」向かっていられるそのご身分に嫉妬と憧れを感じたこと。

兼好法師の影響を受けたせいかどうかはわからないが、故加川良さんのアルバム『アウトオブマインド』に『つれづれなるままに』という曲が入っている。

♪ 窓からほうりだせるものは
♪ すべて昨日捨てました
♪ 始めようというでなく
♪ 終わりにしようというでなく

♪ 右か左かと尋ねられ
♪ みっともないとも言われ
♪ かみついてまでしがみつくなんて
♪ まったく時間を無駄にした

例によって難解な歌詞であります。が、これを聞いてた若い頃は、この難解さがたまらなく好きだった。だって、好きなように想像できるじゃないですか。好きなように意味をつけていくことができるじゃないですか。時々に揺れ動く青少年の心には、このつかみどころのない言葉の連なりこそ、真実を探すツテであったのであります。

♪ 横なぐりの雨が降る
♪ こんな時雨やどりより
♪ 雨に打たれているほうが
♪ ましだと思えるときもある

♪ ああきっときっと
♪ 風向き変わるさ
♪ 事情なんてなにもない
♪ ほら揺れている見えてくる
♪ 私は私の気に入るように

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傘を差していても、濡れるところは濡れる。それならいっそ、全部濡れてしまったほうが、よっぽど潔いと思うんだ。雨に打たれてずぶ濡れになった自分は、とても滑稽な存在だった。髪を整え、身繕いをし、常に“らしく”あることを求められていたあの頃、傘をささないことで、その枠から抜け出し、抗っている自分を感じることが出来たからではなかったか。

風向きは変わり、私は私の気に入るようにチマチマと生きている。
大手を振って表街道を歩くことはできなかったけど、自分で見つけた脇道や裏道、回り道を歩いてきたことで、おもしろい世界を覗くことができたように思う。これからもずっと、そんな道をつれづれに歩き続けたい。

取りたててすることもない、手もちぶさたな時間をもてあまして、一日中パソコンに向かい、心に浮かんでくるしょうもないことをとりとめもなく打ちこんでいるうちに、我を忘れて夢中になっている・・・近い将来、かなり高い確率でそんな姿をさらしているあろう自分を思うと、これまた笑える。


兼好法師と違い、私の脇には間違いなく般若湯があるだろうってところが、申し訳ないんだけど。



gonbe5515


by starforestspring | 2017-05-10 17:13 | 雑感 | Comments(0)


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