カテゴリ:八尋計画『私を離さないで』( 14 )

『私を離さないで』を観て  中締め

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『私を離さないで』追加公演決定!
7月12日(土)~7月16日(水)
石川県金沢市 金沢歌劇座


ってニュースを見て、喜んでる夢を見ました。>~(xx;)☆\バキッ
ああ、これでもう一度見ることが出来る!って喜んだところで「ハッ!」と目が覚めた。

罪な夢です。
歌劇座っていうリアルな名前が出てくるところがすごいよなあ。

この舞台について書いた記事が思ったより多くなったので、新たにカテゴリーを作り、そこに収めました。カテゴリーを増やすのはあんまり好きではないのですが、この舞台についてなら、分けといたほうがあとで読みやすいかと思いまして。

さて、
今日でひとまず、舞台『私を離さないで』については中締めとしようと思います。
もしかして、WOWOWで放映され、再び見ることが叶ったなら、改めて書きたいと思います。

で、今日はなにについて書くかと言いますと。

「わからなかったこと」

であります。

・何度か出てきた海沿いの防波堤。防波堤に打ち寄せる波しぶきは、どうやって作った?
 あれ、本物の水じゃないですよね?
 え?水ですか?だって、防波堤が撤収されたあと、水たまりは出来てませんでしたよ?
 
・風に舞うゴミ(にしか見えないもの)
 ラストのところで、袖からたくさんの紙が風にあおられて舞台上に吹き出してきました。
 あれはなにを意味していたのでしょう?
 
・マダムの家の階段の壁に書いてあった絵は、なにか意味があったのだろうか?
 あの壁紙に私は目を奪われてしまったのです。マダムの家の雰囲気に合ってるとは思えなかったんですよ。私の美的感覚がずれてるのかもしれませんが、とにかく「こ、これはなんだ?なぜこの絵?」と、狐につままれたよな気分でありました。最後にすーっと上のほうに巻き上げられていきましたが、あれには驚きました。

・コテージに生えてた稲
 DeepPurplinさんは、「心象風景」とおっしゃってました。
 それにしても、なぜ稲? 
 え?稲ですよね、あれ? え?違うの?

・積み上げられてるのに、くずれない椅子と机。
 視聴覚教室・・・でしたか? なんであんな状態になってるんでしょう?
 しかもみんながぴょんぴょん移動しても、くずれない。すごいなあ。。。
 
今回の観劇は下手側で、前からたしか4列目でしたので、見えなかった部分がそれなりにあったように思います。
気になるのはさっきも書きましたが、防波堤の波しぶき。2階席からだったら、防波堤の向こうが見えてたかもしれませんよね。見えてたとしたら、バケツをもったスタッフさんが、セリフに併せて水をぶちまけてるっていう、最初に私が思いついた仕掛けは使えないわけです。


木村文乃さんの演技はすばらしかったと思います。
初めての舞台だったそうですが、堂々としたセリフづかい、動き、声量の調整。お見事ではなかったでしょうか。
これからは木村文乃さんにも注目していこうと思いました。

なにからなにまでインタレスティングだった『私を離さないで』
WOWOWで放送されることを切に切に!希望します。

最後に、今回の『八尋計画』の立案、実行に際し、お忙しい中手配をしてくださったyamarine師匠には心から感謝をいたしております。ありがとうございました。また、DeepPurplinさんは、いろいろと貴重なアドバイス、情報提供をしてくださり、観劇前の予習に大変役立ちました。ありがとうございました。ハリソン君とも、久しぶりの再会うれしかったです。劇のこともそうなんですが、映画のこととかでももっとお話を伺いたかったです。みなさんとはもう少しお話する時間があればよかったのですが、それは私のせいですので、本当に「ゴメンナサイ」。

またの機会を心から心から楽しみにしております。

A bientot!



gonbe5515

タベリスト同盟、参加者募集中です。
参加希望される方はこちらをご覧ください。

昨日、久しぶりに『サロメ』を見ました。
ラスト、多部未華子さんの表情の変化に見とれてしまいました。
by starforestspring | 2014-05-22 21:59 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(2)

『私を離さないで』を観て  6

「私、殺してしまった!おじいさまを殺してしまった!」
私が初めて舞台というものを“意識”したのは、薬師丸ひろ子さんのこのセリフでした。
今改めてあの映画を観直したいと思っています。

舞台。
映画でもなく、ドラマでもない創造のひとつの形。

映画は特に、CGというなんでも可能にしてしまう魔法のアイテムを手にしたことによってどっか別の次元にいってしまったような気がします。
ドラマは、視聴率というものを全てに勝る基準としたことで、大切なものを失ってしまったような気がします。

対して舞台は、、、。
小手先のごまかしが効かない、手作りの表現のままでありつづけていてくれています。

暗転、その中で行われるスタッフの手による大道具の入れ替え、そして改めてのライトアップ。舞台の魅力はここにあるのかもしれない。

デジタルがあたりまえになりつつある現代において、あくまでアナログで居続けようとするこの愚直さが、その場でしか生まれない俳優と観客との共有世界を作るのではないか。そんな気がします。映画は繰り返し繰り返し同じ世界を観客に提示する。その印象を変えるものはあくまで観る側の問題。舞台は・・・舞台はその日その日によって変幻してしまうひとことではまとめきれないもの。

2014年5月15日に『私を離さないで』という舞台を観たのは、1000人足らず。
その場の感動を共有したのも1000人足らず。
でもこの1000人は、この日だけでしか観られないものを共に観たかけがえのない共有者なのです。

その場にいたことを、同じ時間を共有出来た喜びを、みなさん一人一人と分かち合いたい。お互いなんの面識もつながりもないのですけどね。でもあそこに一緒にいた。それは間違いないことではないですか。私たちは私たちだけが知っている世界を共有している。それは確かなことですよね。

ああ、そうか。
それだったのか。
私がこれまで知らなかった舞台の魅力は。

『私を離さないで』
私を変えた舞台となりました。

gonbe5515


もう一度観たい!
ニョーボにも観させてやりたい!
そう思ったのですが、日程が合わず。

ざ、残念です。。。
by starforestspring | 2014-05-21 12:13 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(2)

『私を離さないで』を観て  5

昨日でこのシリーズ終わったと思ったでしょ?
私も実はそのつもりでした。

「あ、そういえば・・」と、思い出したことがありまして。
で、また書きたくなったという。

一回こっきりしか見てないのに、この劇の深さがわかってるつもりになってるわけではありません。
二回、三回と観てようやく、輪郭が見えてくるものだということもわかっているつもりです。
一回だけじゃ、見落としてる照明だとかセリフだとか音だとかがあるに決まってるのです。
蜷川さんがこの劇のあちこちに埋め込んだしかけのごく一部、上っ面しかわかっていないのです。

わかってないのにこうして書いてる私の面の皮も相当なもんですね。
そこんところは伏してお許しを願うということにして。


ヘールシャムにいた生徒とヘールシャムではない施設にいた子供たちの扱いの違いですよ。

劇の最初、介護人である八尋にストレッチャーに横たわった提供者がしきりにヘールシャムの話を聞きたがりました。
ヘールシャムのことを問われるままに答える八尋。その答えを聞いてうらやましがる提供者。つまり彼は八尋のように過ごしてはこなかった。ヘールシャムの生徒たちとは違い、臓器を保存しておくための“保存容器”として扱われていたということでしょうか?人間としてではなく?まるでブロイラーのように?

「ヘールシャムが閉鎖された」
この言葉を、小説のときも映画の時も舞台の時も、私はそれほど重く受け止めてはいませんでした。でもこのことは、大きな意味を持っていたんですね。

「彼らにも心がある」
そのことを証明するために冬子先生はヘールシャムの生徒たちの作品をマダムに預け、スポンサーたちに見せ、寄付を募り、ヘールシャムを運営してきたことがラストで明かされます。
観客はすでにヘールシャムが閉鎖されたことを、八尋たちの会話から知っています。特別な“寄宿学校”であったヘールシャムは、寄付が集まらなくなったから閉鎖に追い込まれた。つまり冬子先生たちの主張は認められなかった。そして、依然として“システム”は存続している。冬子先生が叫んだように「昔には戻れない」から。
提供者たちは今も、そしてこれからも存在し、彼らは“保存容器”としての扱いしか受けられない施設で、ブロイラーのように提供の日が来るまでの日々を過ごすことになる。


八尋やもとむ、鈴が過ごした寄宿舎時代、“保存容器”ではあるけれど、彼女らは心を持った存在として扱われていた。扱おうとされていた。実際彼らは恋をし、嫉妬をし、サッカーに興じ、絵を描いた。

冬子先生たちは、“心があること”を証明できたとして、その先になにを見ていたんでしょう?
“保存容器”ではなくなること?
心がある。そのことを認めた上で“保存容器”として見るべきだということ?
それが出来たとして、心がある“保存容器”と見た上で、彼らの体を切り開き、臓器を取り出し、傷を塞ぎ、また次に別の臓器を取り出すことが出来るものでしょうか。提供を重ねるごとに弱っていく彼らに、同情と謝罪の心を持たないままに接することが出来るでしょうか?

ヘールシャムの生徒は、自分たちの使命をわかっている。
そのために、この世に生まれてきたこともわかっている。
その上で、ヘールシャムで“青春”を過ごした。

未来はないのに。

それは幸せなことだったのでしょうか。
他の施設でのように“割り切って”扱われるほうがよかったのではないでしょうか。






どのシーンだったか(船を見に三人で出かけた時?)もとむは「幸せな人生を過ごしている」というふうに言っていました。
私はそのセリフのおかげで、八尋たちの青春を肯定することができます。
未来はなくても、ないとわかっていても、そういう時を大勢の仲間と過ごしたことは、八尋たちにとって「幸せな人生」だったと思います。

提供を重ねて弱っていき、そして何度目かで終了する。
これでたぶん終了・・・という覚悟をもって手術台に上がるとき、ヘールシャムでの暮らしが、大勢の仲間たちと過ごした日々が、脳裏に浮かぶはずです。
なにも浮かばないことよりそれは、きっと幸せなことだと思います。

ええ。そう思います。
そう思うことにします。

gonbe5515


映画のファーストシーンは、トミーが終了となる手術を受けるシーンでした。
ガラス越しに目と目を見交わしたトミーとキャシー。
言葉は届かないけど、二人は同じことを思い出していたに違いない。
麻酔を打たれ、静かに目を閉じるトミー。
それを見つめるキャシーの表情。

泣きたくなる気分で、今それを思い出しています。


次回もつづく・・・予感。こうなりゃとことん。

たとえ的はずれであったとしても
by starforestspring | 2014-05-20 20:31 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(0)

『私を離さないで』を観て  4

他者の命を救うために己が命を差し出す。
先に行く者がいて、あとから追いかける者がいて。
そういう方々が、かつてこの国に大勢いらっしゃったことを私は知っています。

父、母がいて、祖父も祖母も兄弟もいて、親戚もいて。
そこが八尋たちと違うところだけど。


劇を観てて、私はふいにその方たちのことを思い出しました。
「意味が違う・・」とか、「そこに結びつけるのか!」とか、
硬軟取り混ぜたご意見がおありでしょうが、とにかく私はそれを思い出していました。

八尋たちの存在によって、その時代の平均寿命は大幅に伸びたそうです。
かつての人々のおかげで、今の私たちの暮らしがあります。私はそう思っています。

御年78歳であられる蜷川さんが、この小説を読み、この劇を演出してらっしゃるときに、私と同じように、あの方々を一瞬でも思い出されたかどうか。ちょっと興味があるのです。

どっちであっても、いいんです。だからどうだというわけでもないのです。


・・・ま、それはそれとして。

実は私、
ず~っと昔から『臓器提供意思表示カード』を携帯して暮らしております。
ニョーボや娘たちにもそのことは伝えております。>ニョーボも持ってる

ので、

いつになるかわからないけれど、私の体のどこかが、私の死後どなたかの体に移植され、その方の一部として機能する・・はずです。
希望としては、角膜が一番。
その次に腎臓でしょうか。
使える状態だといいのですが。。。
肝臓は・・・どうだろう?好きではありますが、大酒飲みで肝臓が固くなってるとまではいってないと思うのです。それでも「あまりお勧めはしません」と、自分で言っておくことにします。
ま、ニョーボもそのことはドクターに伝えるだろうし。。。

いずれにしても“その時”に、いろんなところが有効に使える状態であればいいなと思っています。
そして、どなたかのお役に立てればいいなと思っています。

このカード、お持ちの方も多いと思いますが、記入方法とかが違うとイザッってときに所有者の意志を遂行出来なくなる場合もあるそうですので、もう一度確認しておかれることをお勧めいたします。


そうそう、あとひとつだけ。

この劇、一幕、二幕、とも暗転して終わります。(三幕は・・・ちょと忘れてしまった)

不思議だったのは、それまでスポットライトを浴びて演技をしてた多部未華子さんや木村文乃さん、三浦涼介くんたちは、暗転後、どうやって袖まで戻ったのでしょう?

次の四つの中から選んで下さい。

1.暗視スコープをつけたスタッフさんが袖から出てきて俳優さんたちを誘導する。

2.暗視スコープは予算の関係上買えないので、担当のスタッフさんが暗転する10分くらい前から片目を手で覆っておき、暗転と同時にその手をはずして暗闇でもそれなりに見えるようになっている片目を頼りに俳優さんたちを誘導する。

3.袖の奥に “HAL” みたいに点滅するライトをつけておき、俳優はそこを目指して歩いていく。

4.袖のところの客席からは見えない位置に、暗くなると光る蛍光塗料が矢印の形に塗ってあり、それに沿って歩いていく。

さあ!正解はどれ?
チッチッチッチッチッチッチッチッ・・・

「3!」


・ブーーーーーーーッ!はずれ!
・ピンポーン!正解!

    ↑
どっちなのかどなたか教えて下さい。
はずれの場合は正解も教えて下さるとうれしい。
帰りの新幹線でブログを書きながら、そのことが気になって気になって・・・。


それではみなさん、ごきげんよう、さようなら。

gonbe5515


劇中に流れるピアノ曲、静かで切なくて、それでいて暗くならず。
いい雰囲気の曲でした。
by starforestspring | 2014-05-19 19:27 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(0)

『私を離さないで』を観て  3

なんのために生きるのか。
自分の使命はなんなのか。

今回のこの舞台を観たことで私は、自分が感じたことを、ちゃんと自分で整理しておこうという気になりました。
飛ぶヘリコプター、スローモーションの生徒たち、揺れるカーテン、波しぶき、積み上げられた椅子と机、八尋の姿を見て涙するマダム・・。
5月15日木曜日、さいたまで公演された『私を離さないで』という、一期一会の作品について、忘れないでおこうと思いました。


ヘールシャムの生徒たちは、生まれながらにして『使命』を授かっていました。
自分たちがなすべきことを、幼い頃にはっきりと言葉で伝えられていたのかどうか、それは小説でも映画でも触れられていません。舞台も同様です。もとむが勢い余って八尋の頬をぶってしまったあとの冬子先生の対応がそれを暗示してはいましたが。

彼らは“提供”をし、“終了”することで使命を果たす。
そのために健康を保ち、ケガをしないようにする。
最善の“提供”をするために。最善の使命を果たすために。

彼ら自身がその使命を受け入れていたのなら、その日までの日々は充実したものだったかもしれません。受け入れることが出来てなければ、「なぜ?」の問いを繰り返していたことでしょう。

もとむ、鈴。そして彼らの多くの友人たちは提供を終えて“終了”し、“使命”を果たしました。
八尋もまもなく提供が始まるのでしょう。
その日まで八尋はどんな気持ちで日々を過ごすのか。
提供を繰り返し、“終了”の日を間近に感じるとき、どんなことを考えるのか。
もとむ、鈴、そして多くの“仲間”たちがたどった道と同じ道を歩むとき、なにを思うのか。


なんのために生きるのか。
自分の使命はなんなのか。

数え切れないほどの命があり、数え切れないほどの命の使い方があり。
生きてる間に精一杯毎日を過ごしているかと問われ、はいと答えられる人がどれほどいるのか。
命を使って、日々を生きている人がどれほどいるのか。

なんのために生きるのか。
自分の使命はなんなのか。

それがわからず、見つけられず、探し回っている人もいます。
探すのに疲れ、命を使うことをあきらめ、芯を途中で切ってしまう人もいます。
あきらめてしまったんだけど、切ることもできず、ただ生きている人もいます。
そんなことなにも考えず、毎日毎日時間に追われている人もいます。

だとすれば、

自らの命を差し出し、他者を救う。命を終えることは、自らの使命を果たすこと。
使命を果たすために生きる八尋たちのほうがよほど“生きている”と言えはしないか。
もしかすると“終了”は、八尋たちにとって誇りではないのか。

私は生きていると言えるのか。
誇りとともに、“終了”することが出来るのか。
八尋、鈴、もとむの姿と言葉を思い出しながら、今、自分自身にそう問いかけています。


蜷川幸雄作品『私を離さないで』
チャンスのある方は是非前髪をおつかみください。
観て損はない作品だと、私は思います。

gonbe5515

映画のキャシーにははかなさが匂い立っていた。
舞台の八尋には繊細さと神々しさとが共存していた。
本当にあの方は・・女神。
by starforestspring | 2014-05-18 19:10 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(0)

『私を離さないで』を観て  2

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さいたまから戻って普通に仕事をしているつもりですが、なんかフワフワした感じです。
ふとした拍子にカーテンコールのときの多部未華子さんの笑顔を思い出してしまっていけません。
あの笑顔はよかった。ほんとうによかった。
その笑顔を間近に見た三浦くんや文乃さんは幸せですね。

舞台終了後に笑顔を出すことができたのは、多部未華子さんご自身にも、達成感とか開放感があったからでしょう。ああいう笑顔はなかなか拝見できるものではありません。
いいものを見させてもらいました。

私も幸せなヤツです。


若い頃、
『人生は一度きり。毎日を大切に』
『少年老い易く学成り難し』
『光陰矢の如し』
みたいな言葉でもって、年長者によく説教されました。
でも青春真っ盛りな私には「何言うとんねん」てなもんで右から左でしたよ。

でもある日、バイト先の先輩に「おまえもいつかは必ず死ぬ」って真顔で言われた時、その言葉がしばらく頭から離れなかったですね。

「死ぬために生まれる」
こんなふうに、それを言っちゃあおしまいだろうなセリフもありますが、「いつか必ず死ぬ」のは人間に等しく与えられている『運命』です。
ローソクの芯の終わりが炎の終わりなら、炎が芯を伝っていくように、私たちは命を毎日を使っている。
そしていつか“その時”はくるのです。
それがいつなのか、わからないままに。


命を使うことを『使命』と言います。
命に使われるのではなく、命を使う。
私はなにに命を使っているのでしょう?
家族を守るため?
子孫を残すため?
興味を持ったことに首を突っ込んで、自分が楽しむため?

若い頃に年長者に言われた言葉が心に届かなかったのは、自分の命をなにに使うのか、まだわかってなかったからじゃないかと今思います。

なんのために生きるのか。
自分の使命はなんなのか。

・・つづきます

gonbe5515
by starforestspring | 2014-05-17 21:56 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(0)

『私を離さないで』を観て  1

なにから書き始めたらいいでしょう?

『私を離さないで』を師匠、王子、監督のお三方と観劇してまいりました。
師匠や王子のところに、いろんな方が駆け寄っていらっしゃったのを横で拝見しつつ、すごいなあと感嘆していたことでした。。
お初にお目にかかる方々ともご挨拶をさせていただき・・。
ありがとうございました。


さて、劇です。
正直に申し上げます。
難解です。
小説や映画と同様、観る者に少しづつ情報は提供されていきますが、それとて気づくタイミングは人によって違うように思います。

でも、じゃあ舞台を観る前に、この物語のキモの部分を予め知ってる方がいいのか、と問われたら、私は確信を持ってこう言いますね。

「いいえ」

主役三人の演技と、舞台の演出効果が実にすばらしいからです。
三人のよく通る声、年月を経ることによる立ち居振る舞いの変化、提供前と後、二回終了後と三回終了後の表情顔つきの変化。それはもう自然に表現されてました。演出効果で出色だったのは風に揺れるカーテンと、防波堤に打ち寄せる波しぶきのタイミングです。セリフや役者さんたちの心象を表すものとして、また、それをより効果的に増幅させるものとして使われていたのには本当に感心しました。

ですから、物語の背景を知るのはそれが “セリフで” 明確に提示される第三幕まで待ってもなにも問題はないように思いました。逆に、「もしかしたらこういうことじゃないか」とぼんやり感じていたことがその “セリフで” はっきりと “わかる” ことによって生まれてくる感動もあると思います。

原作を読み、映画を二回観た私には舞台では省略されている多くのエピソードの行方が気になってなりません。そこは “脳内補完” してみていたわけです。ですが、原作も読まず、映画も観ずにこの舞台の上演に臨んでいたら、自分がどういう風に受け止めていただろうかということにすごく興味があります。

叶わないことではあるのですが。

あたりまえだろ?と言われるのを承知でわかりきったことをいわせていただきますと、この舞台はカズオイシグロの小説を基にしていますが『私を離さないで 蜷川幸雄版』であります。
カズオイシグロの小説を舞台という手段を使って表現するためには4時間弱という長い時間を必要としたということ。多部未華子、木村文乃、三浦涼介という才能を必要としたということ。そして、 舞台監督を始め、音楽や照明、衣裳、大道具、小道具・・、この作品に関わった全てのスタッフの技術と情熱、工夫を必要としたということです。

そして、多部未華子さん。
セリフがない時の演技、八尋の感情を観る者に伝えるために選び抜かれた表情、ドラムに脳天落としを食らわす時の思い切りの良さ、大きな看板をとりに行く時の多部走り。“噂”の真相を知った時の落胆と悲しみと心の揺れを表す背中。八尋として舞台に存在している時間の全てが、私には感動でした。

それらをみて、ああ、やっぱりこの人はすごいと。
決して身びいきではありません。
この女優さんの演技を可能な限り長く長く観続けていたい。
その思いを新たに致しました。

gonbe5515

悔しいのは閉幕後すぐに帰らなければならなくなったことです。
師匠、王子、監督ともう少しお話がしたかった。。

『大人計画』のときこそきっと・・・
by starforestspring | 2014-05-15 21:18 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(0)

明日はもうすぐ。

いよいよこの日がやってきました。
明日、さいたまで『八尋計画』決行です。

思えば長い待ち時間でした。
なにごともなく、休みがとれるのがなによりありがたく、うれしいです。

同盟の皆さんとも久しぶりの再会。
実に楽しみですね。
皆さんお変わりなくお過ごしでしたでしょうか?

師匠、王子、監督とは11時過ぎに待ち合わせ。
寝坊しないよう、今夜はお酒も控えめにしました。
んで、早めに寝ることにします。

それではみなさん、ごきげんよう。


gonbe5515
by starforestspring | 2014-05-14 21:23 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(0)

『私を離さないで』読了

『私を離さないで』を先日読了致しました。

思ったことはふたつ。
村岡花子さんの訳で読んでみたかったなあ・・ということ。
原書で読まないとわかりにくいニュアンスもあるんだろうなあということ。

映画を観て「不思議な映画だなあ」という感想でしたが、原作の最後の一行を読み終わったあとの率直な感想は「苦い薬をオブラートに包んで出されたみたいな感じ」です。
最後の一行・・私、そこで終わりだとわからなくて、もう一枚ページをめくってしまったんです。次のページになにもなくて「あ、終わったんだ」って。

それにしても、
日々安穏と過ごしている身には、想像を超えた話であるにも関わらず、こんなにも淡々と読ませる小説もある意味見事です。

すでに舞台をご覧になってる方々から、いろんな情報、感想を頂いておりますが、とにかく自分の目で観てみたい。
『八尋計画』まであと少し。
大いに期待しております。>遠足の日を待ってるみたいな気分もあり。

gonbe5515
by starforestspring | 2014-05-04 21:08 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(0)

『私を離さないで』

『私を離さないで』を読み始めました。
今度多部未華子さんたちが舞台でなさるやつの原作であります。

本を買ってから、半年くらい経ちますかね。
ようやく順番が回ってきたということです。

昨日は休みでしたので、午前中に医者に行き、帰ってきてぬか代さんの手入れとマグロのヅケを(お酒を飲みながら)作り終えたあと読み始めました。
半分くらいまできたところです。


正直言うと、小説の世界に入り込むまでにちょっと時間を必要としました。
というのは、この小説、キャシーの独白文になってるんですね。
思い出語りといいましょうか。
私があまりお目にかからないタイプの文章でしたので・・・。

それでも、訳された方のご苦労を思いながら読み進みました。


それにしても・・・。
前に映画『私を離さないで』について
>観ているものは、その理由を映画の進行に合わせてだんだんと感づくようになる。
と書いたのだけど、小説の中のキャシー、ルース、トミーたちも、自分たちの存在の意味を“だんだんと感づくように”育てられているのに驚きました。
彼女たちは、自分たちとは違う人たちのことを「外の人」っていう表現で呼ぶんですが、私にはこれがなんとも痛ましく響いてなりません。


今、キャシーたちが学校を出て“コテージ”で先輩たちと一緒に暮らし始めたところまできています。
これからどうなるのか。
映画では描ききれなかった部分もたくさん出てくることでしょう。

最初はなじみにくかった小説ですが、今はちょっと先が楽しみになってきています。

gonbe5515


全然関係ないんですけど、
『旅立ちの島唄』で優奈の友だち役をやってた人、
『ニライカナイからの手紙』の最初のほうで、主人公と口げんかしてた子では?
どっかで見たことがある・・とひっかかってたんですが、今日いきなりひらめきました。

・・・・それだけです。すみません。
by starforestspring | 2014-04-24 19:23 | 八尋計画『私を離さないで』 | Comments(0)


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