カテゴリ:男と女その摩訶不思議な関係( 9 )

男と女 その摩訶不思議な関係 9

平安時代の貴族は、和歌のやりとりで愛をささやいたとか。
和歌の出来栄え、返歌の巧みさ、筆跡などが相手の教養の程度を知るうえで重要な判断材料になったそうです。
してみると、和歌も作れないし字もへたくそな私が平安時代に生きていたとしたら、生涯独り身をかこつことになっていたに違いないのです。平安時代に生まれなかったことを感謝しなければなりません。

今の時代を生きる私は、子どものころから筆まめなほうでした。
文通、交換ノート、クラスノート、グループノート・・・。
思い返してみれば昔は、文章を書く機会が多かったですね。
遠く離れた土地に住む人と文通をしてるクラスメイトも大勢いたし、私自身も何人かと同時進行で文通をしていました。会ったこともない相手に手紙を書く。最初はとても書きづらかったのですが、そこを工夫してなんとかやり取りが続くように考えて書く。今思えばいい訓練をしていたのだなあと思います。

文章上達の一番の近道、それはラブレターを書く事だと私は思います。
自分が相手に対して持っている感情を、正確に相手に伝えなければならない。
といっても単純に書いていては能がない。
どんな言葉で伝えるか、どういう論理展開で相手を口説くか。
それが出来るか出来ないかにラブレターの成否がかかっているのです。

『好きだ!』

便箋一枚にこう大書して成功したヤツを一人、私は知っています。
なかなかの戦略だとは認めますが、私に言わせれば邪道です。
それでいいのか?と。>それでいいんでしょうけど。

たくさんの文通相手と手紙のやり取りをしていた私ですが、もっとも長く続いた文通相手はなんと同じクラスの女の子でした。
紙が亜麻色で、きれいなロングヘアーで、卓球部。
きれいな子でした。前回紹介した彼女がいなければ、きっとこの子に交際を申し込んでいたと思います。
手紙のやり取りを通じて、彼女は私のことを誰よりも知ることになったと思います。私もまた同様でした。まだ未成年ですから、恥かしさがあって赤裸々な事はかけませんでしたが、それでも他の友人達には言っていないことまで手紙の中でしゃべっていました。彼女もまた、私の悩みについて、真剣な意見を述べてくれてました。


“男女の間に友情は成立するか”
いわゆる青春時代の永遠の命題です。
私は・・・残念ながら否だと思います。
是と答えたい気持ちはありますし、亜麻色の彼女との間に友情は確かにあった、そう信じてもいるのですが、相手に異性を感じてしまった時から、友情は恋愛へと変化してしまうのです。

相手に異性を感じる瞬間。
Tシャツの胸元からふとした瞬間にのぞく胸の谷間。
なにげない仕草から感じる女としての色香。
そういうものを見て、感じてしまうと、友人という言葉ではくくれなくなってしまうのですね。
どうしても“対象”として見てしまう。
そういうところが男は狼と言われる所以だと思うし、悲しい性なのだと自己弁護。

とはいえ、
手紙のやりとりを通じて私は、いろんなことを経験しました。
分厚い封筒を手にしたときの喜び。
あまりに薄い封筒を手にした時の恐怖。
書いては破り、破っては書き。
あと一行書けば出来上がり!ってときに、字を間違えてしまったときの言い表せない悔しさ。便箋もペンも机の上にあるすべてのものを放り出してしまいたい衝動とそれをやってしまったあとの片づけの大変さとを天秤にかけてしまう自分の計算高さに対する情けなさ。

男女の機微は手紙にあり。
そう言って差し支えないかと、私は思います。
メールでは伝わりにくいことも、手紙だと伝わるかもしれません。

明日文具屋で、便箋と封筒と新しいペンとを買ってみませんか?






『男と女 その摩訶不思議な関係』
大げさなタイトルで書き始めた割には「おお!」っていう内容にもなりませず。
ご期待を損ねたに違いない・・そう思います。
あとになればなるほど、昔語りになってしまったことも反省しています。

「2」で書きたいことは書いてしまった感があるのですね。
本編前に実は完結していたという・・。

なんというかその・・・どーもすみません。


gonbe5515


今宵は中秋の名月。
みなさん、月との語らいは済ませられましたか?

『月々に 月みる月は多けれど 月みる月は この月の月』
                よみびと知らず
by starforestspring | 2013-09-19 22:16 | 男と女その摩訶不思議な関係 | Comments(0)

男と女 その摩訶不思議な関係 8

今日15日は、かわたさんが神戸に引っ越す日じゃなかったかと記憶しております。
かわたさん(&奥さん)元気かなあ。。


♪あの娘の名前はれーこちゃん
♪あの娘の名前はれーこちゃん
♪あの娘の名前はれーこちゃん
♪あの娘と結婚しよう

♪おでこの広い娘はおでこの広い娘は
♪おでこの広い娘は姉さん女房がいいってさ




椥辻のマンションの屋上。
浄水場の土管の上。
大石神社。

夜、お互いが家を抜け出して出かけていったところです。
約束の時刻に合わせて私が自転車に乗って家をでます。
彼女の家の前で待つことしばし。
二階にある彼女の部屋の窓が開き、彼女が出てきます。瓦の屋根の上をそろりそろりと降り、塀に足をかけ、ジャンプ!
「おまたせ!」

キュート&ワイルドですなあ!

私はきっと彼女と結婚するんだと心に決めていたのですが、今思えば所詮はガキの一念。
二人は結局別々になってしまいます。はっきりとした別れのシーンがあったわけではない、いわゆる自然消滅ですから、なにが理由だったのかはわかりません。
が、たぶん原因は私です。
私の想像でしかありませんが、結局私はAさんの求める男性像ではなかったのだと思います。

私が京都を離れて以来、音信はありません。
時代が今くらいなら、たまにメールのやりとりなんか・・って展開もあったかもしれませんが、当時ははがきと便箋ですから。

何度でもいいますが、彼女は私にとって特別でした。
彼女と出会ってなかったら、もしかしたら塀の向こうに行ってたかもしれない。
いや、冗談で言ってるんじゃないんです。ほんとにそう思う。

彼女は私が人生というレールを踏みはずさないように導いてくれていた。。。
私は彼女の存在によって救われていたのです!

今どこにいるのかわかりませんが、わがメサイアの幸せを勝手に願っておこうと思います。

元気にやってるか?


gonbe5515

私はとりあえず、免停くらいでしかお上のお世話になっておりません。
まあ上出来・・・と言えるんじゃないですか?

次回はいよいよ最終回。
文通。それは男と女を悩ませる。果たして男と女の間に友情は成立するのか?について考えるのココロだ~!
by starforestspring | 2013-09-15 19:54 | 男と女その摩訶不思議な関係 | Comments(0)

男と女 その摩訶不思議な関係 7

Aさんの話をします。

このブログでもこれまでたびたび登場してもらっています。

『懐かしい場所 2』

『東に見える東山』


私にとってAさんは特別な存在でした(過去形)
笑われるかもしれませんが将来結婚する相手はAさん以外いないと信じてました。
さらさら疑いを持っていませんでした。

・・・青春ですね。

ナターシャ―の歌、特に広く知られている名曲のひとつに『街』があります。

♪下駄の音 路地裏通り 雨上がりの屋根
♪窓越しの手まり唄 おさげ髪の思い出
※この街が好きさ 君がいるから
※この街が好きさ 君の微笑あるから

♪街の角 喫茶店 古い美術館
♪山かげの細い道 初恋の涙


♪夕焼け雲 五重の塔 石畳の鳩
♪プラタナスの道で 君を待ちながら


♪大学通り 流れる川 走る路面電車
♪背の低い山を見て 君と僕の明日



この曲の歌詞は、私が暮らしていたころの京都そのままで、
京都の街を説明するのに、これ以上付け加える言葉はななく、これ以上削る言葉もないんじゃないかというくらい、京都という街のたたずまいを見事に表現していると思っています。
私にとっての京都はこの曲です。


記憶おぼろげなんですが、小学生5年か6年の頃、彼女の家で初めてごはんを食べました。
いえ、ご家族と一緒に食べたのではないです。
彼女の部屋で、小さなテーブルをはさんで差し向かいで食べたのです。
好きなコと一緒にご飯を食べるのって緊張しますよね? ね?
あのとき私は、生まれてこのかた経験したこともないような“緊張感”に襲われていました。

なにがなんだかわからないうちに、食べ終わりまして・・・お茶になります。
すると彼女、急須のお茶をおもむろにご飯茶碗に注ぎ始めたのです。
私の家では、ごはんのあとに湯飲みでお茶を飲むのでビックリしまして。
その表情に気付いたのでしょう、彼女が
「こないしたらな、お茶碗についたご飯がきれいにとれるんやで」


どっちがいいの悪いのではないのです。
おばあちゃん、いえ実はおばあちゃんもそのお母様とかおばあ様とかから教わったのでしょう。
“食べ終わったあとご飯茶碗にお茶を注ぐ”という行為は、Aさんの家で代々続いてきた習わしなんだ。彼女の言葉のあと私はそう思ったのです。

そんなことで・・・と笑われるかもしれませんが、私は感動していました。彼女につづく“歴史”が羨ましかった。
そしてそういうAさんちの歴史を、私の目の前で見せてくれたことがうれしかったのです。


京都の辻の名前の覚えるためのわらべうた『あねさんろっかくたこにしき・・・』
神社にお参りするときの作法。
町のあちこちにあるお地蔵さんとのお付き合いのしかた・・。
それは京都という地方での“あたりまえの”暮らしかた。
Aさんから私はそれらを教わりました。

私にはひとつひとつが新鮮でした。
それは今も私の血となり肉となっています。


私が京都を好きな理由。
それはまさに「君がいるから」と「君の微笑あるから」だった・・のです。


つづきます。


gonbe5515
by starforestspring | 2013-09-14 22:53 | 男と女その摩訶不思議な関係 | Comments(0)

男と女 その摩訶不思議な関係 6

「東を向いてろと言われたら、三年でも東を向いてるような婦人はごめんなのです」

襄さんはこんなことを言いました.
江戸から明治にかけて、こういう女性はめずらしくなかったってことでしょう。
夫唱婦随。
散歩するときにも“ご主人さま”より少し後ろを歩く。
親に仕え、嫁げば夫、舅、姑に仕え、老いては子に従い。

そういう教育を受けてきたのでしょうから、そうなるのは当然のこと。
そういう人が多数だからこそ、そうでない人が目立ち、白眼視される。


翻って現代。
周りを見渡せば「東を向いてろ」と言ったら「なんでー?ねえどーして?」と、平坦なイントネーションで質問責めにされるか、プンってふくれて西を向かれるかでしょうか?

話横道にそれますが、
なんでもかんでも理由を求めるのはどうか・・・とおじさんは思います。
自分の意見や、提示された物事について疑問を持つのはけっこうなことですが、そこにちゃんとした裏付けがほしいですね。人から聞いた、テレビでしゃべってた、それをそのまま自分の意見のように言うのはよした方がいいです。「どうしてそう思うの?」「でも、こういう場合、その考え方ではこまったことになるんじゃないかな?」とか、話がいわゆる“議論”になったとたん顔の表情が変わりしどろもどろになる人(男女問わず)をたくさん見てきました。

テレビでしゃべってる人があなたの脳じゃないんだから。
自分のものは、自分でちゃんと使いましょうよ。


さて、話戻って。

ところが平成の御世に、三年でも東を向いてる婦人がいるのを私は知っています。
そういう教育をご両親から受けてこられたからか、ご自身でそういうタイプになろうとなさったのかはわかりません。


なんていうんでしょう?その方の立ち居振舞を見てると、今の自分になにも不安を感じていないようなところが感じられるのです。彼女が身をゆだねているものがご主人のお人柄なのか、自分自身の生き方に対する確信なのか、あるいは達観なのか。直接お伺いしたわけじゃありませんからわからないんですけどね。

“三年でも東を向いてる”女性も、すてきだと思います。私は好きです。
 #幸か不幸か私のニョーボは三年でも東を向いてるタイプではありませんが。。。


この言葉を、いわゆる「夫唱婦随」「亭主関白」「女三界に家なし」・・・などという言葉から解釈してしまうと、自主性を持たず、忍従に慣れ、現状をありのままに受け入れて疑問を持たない・・などという言葉が浮かんでくるのですが、私の知ってる女性は、それとは全然違うのです。
ご主人を信頼しきっておられるからか。ご主人に愛されてるという確信があるからか、自分の仕事(主婦)がご主人の人生に貢献してるという自信を持っているのか。
彼女は安心して東を向いていられる環境を手に入れてる・・ということかもしれません。

幸せそうな微笑んでいるのなら、三年東を向いてても全然かまわないですよね?

gonbe5515

『夫婦善哉』の蝶子さん、
裏返して考えれば彼女もずっと東を向いてるタイプなのかもしれません。

第二回の次、第三回はまだ観てないんです。
今夜早く帰れれば・・・・。
by starforestspring | 2013-09-13 21:06 | 男と女その摩訶不思議な関係 | Comments(0)

男と女 その摩訶不思議な関係 5

その子は山と川とが間近に迫る、小さな田舎町から一人で出てきた、朴訥な娘でした。
大都会東京・・・ではなくて大阪で、ひとり住まい。
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無口な、もの静かな娘でした。

彼女、実は田舎で、大切に大切に育ててきた恋に、ピリオドを打ってきたのでした。

今まで観たこともないようなビル群、数え切れないほどの人で埋まる駅のコンコース、聞き慣れない大阪弁。小さな田舎町、人と人とが会話と笑顔で繋がっているその町から出てきた彼女にとって、大阪はあまりに巨大で、あまりに攻撃的でした。
田舎で別れてきた彼とのことでポッカリ空いてしまった胸の空洞。彼女はそれを大阪での暮らしで埋めることができないまま、毎日を過ごしていたようです。

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決して彼女が悪いのではない。
そういう彼女を、大都会大阪は放ってはおかなかった。そういうことです。
学校やアルバイト先で明るく振る舞う彼女でしたが、知らず知らずのうちに発してしまう“寂しいオーラ”を、都会の男たちが見逃すはずもなく。



アルバイト先のマスター。
通りすがり声をかけてくる車の男。
道で出会ったどっかのおじさん。
そういう連中に彼女はついていってしまうのです。隙間を埋めるために。

やがて妊娠してしまい。。。

当時付き合い始めていた同級生に頼んで、彼女は産婦人科の門をくぐります。

堕胎。

ほんの1年前、誰もが優しい小さな田舎町で笑顔を振りまいていた少女が、大都会大阪の小さな医院でベッドに上がり、掻爬。

なにがなんだかわからなかったのはいきなり呼びだされ、見たこともない書類にハンコを押すことを懇願された“付き合い始めてまもないカレ”でしょう。



悲しい思い出。ツライ出来事。
そういうことを忘れるために、見知らぬ男に身を任せる。

悲しい思い出。ツライ出来事。
そういうことを忘れるために、見知らぬ女を抱く。

↑ 男女平等、男女同権といいながら、この二つの文章から感じる哀切感に明らかな差があるのはなぜでしょう?


彼女は

“カレ”にすべてを告白します。

その後の二人がどうなったのか。
それはみなさまの想像にお任せします。

夜の大阪。一人とぼとぼ歩く女の子。
小さな田舎町であれば「なんしょん?はよ家帰らな」と余計なお世話な声がかかるところなのに、大阪では・・・。

彼女の胸の空洞が、多くの男たちとの行為によって埋めることができたのかどうか。私にはわかりません。きっと彼女にもわからないのではないかと思います。

私はただ、彼女自身が選んだその行為が、今の彼女にとって自分自身が行ったこととして信じられないような・・そんな遠い記憶になっていることを願っているのです。

が、

実は私のそんな思いは余計なお世話なことなのかもしれません。
彼女自身はすでに、そんなこととうの昔に記憶の引き出しから捨ててしまっている。
そんな気もします。

男と女。

この噛みあわぬ二つの性。

gonbe5515
by starforestspring | 2013-09-11 16:52 | 男と女その摩訶不思議な関係 | Comments(0)

男と女 その摩訶不思議な関係 4

#魔の10日を乗り切りました。
#二日間更新出来なかったのはそういうわけです。


そもそもこのテーマで記事を書こうと思ったのは尾野真千子さん主演の『夫婦善哉』を見たのがきっかけです。
蝶子みたいなおなごが、今の世にもいるのかどうか。
そこのところが私にはすごく気になる。

そして
そんなおなごは必ずいるんだろうなあ。そう信じているのです。


私の母校は校舎が3棟。
それぞれが渡り廊下で繋がれている、 ごくありふれた高校でした。

1年生の棟の廊下から2年生の教室が。2年生の棟の廊下から3年生の教室が、中庭を挟んで見えるわけです。
高3、当時の私は女の子といるより、男といる方が気楽でありました。
いつもいつも、今思えば「オマエらデキてるだろ?」と言われても不思議じゃないくらい私は、友人のM君とつるんでいたのです。
彼はもともと秀才肌の男で、勉強以外興味はありませんっていうようなヤツだったのです。
が、たまたま私の隣の席に座ることになったがために、タバコを覚え、酒を覚え・・・そうしているうちになんだかちょっと道を踏み外してしまったような、「M!スマン! ○| ̄|_ 」 
今もし会えることがあったら、きっと頭を下げて詫びたくなってしまう、そんなヤツです。

そんな頃、どうやら私のことを買いかぶってしまった下級生がいましてね。
当時入っていたフォークソングクラブ。メンバーが交代で視聴覚教室でミニコンサートを開く。
このブログで一時期熱心にコメントをくれてた“さかちゃん”がナンバーワン人気。わたしたちはその影に隠れて細々とやっていたのです。ところがね、私がミニコンサートを終えて自分の教室に戻るために渡り廊下をMと歩いてると、女の子が駆け寄ってきてこう聞くのです。
「今日のコンサートすてきでした。今どんな気持ちですか?」
彼女は新聞部でした。
取材するならさかちゃんにしろよ、なんでおれが?って思いながら「はあ、ホッとしてます」なんて愛想もなく答えてました。

当時の私は、女より男が好きだったのです。性的な意味ではなく。
なんというか、女といるのがメンドくさくて。(その理由は後日の記事で明かすつもり)
男といると気を遣わなくてすむじゃないですか。
Mはそういう意味ではホントに申し分ない奴で。
彼が設計していたまっとうな人生を変えてしまったのは私。
そういう妙な確信が私にはあるのです。

もしかしたら思い過ごしかもしれんが、念のためもう一度謝っとく。
「M!ホントにすまん!○| ̄|_ 」

新聞部の彼女は、私よりいっこ下。彼女のいる棟の廊下から、中庭を挟んで私のいる教室を、見ることができるのです。
私は見られてるなんて知りませんから、きっとアホなことをやっていたんでしょう。
でも彼女は、その“アホなことをやってる”私のことをずっと見ていたようで。

卒業式の日。
新聞部の彼女、私にとってはコンサートのあと、渡り廊下で取材をしに駆け寄ってきた子・・というおぼろげな認識しかない彼女が、私に一冊のノートを差し出してこう言いました。
「卒業、おめでとうございます! これ読んでください!」
そう言って私にノートを受け取らせると、一目散に駆けていきました。

ノートの中は最初のページから最後のページまで詩。

さっき書いた中庭を挟んでアホなことをやってる私の姿を“額に入れて飾っておきたい”とか。
“私とあなたとの間に一本のローソク。ゆらゆら揺れているのは、ローソクの炎?それとも私のこころ?”とか。

なんというか、いくら鈍感な私でも、彼女の気持ちがちゃんと伝わってくる、そんな素敵な内容でした。
私、そのノートを読んで感激しましてね。
私が知らないところで私だけを見つめてくれていた女の子がいた。
そのことが、とても照れ臭く、とても恥ずかしく、とてもうれしく。

私は卒業式から日をおかずに大阪へ発ちました。
そのことは彼女も知っていたはずで。

中庭を挟んだ向こう側の私をずっと見続けていた彼女のことを思うと、恥ずかしながら今でも照れてしまうわたしです。
なにも知らずに机に突っ伏して寝てる男とそれを見つめている女の子。

こういうのにも、青春って言葉を使っても、許されるものでしょうか?


gonbe5515



いっこ下にも関わらず、彼女はなぜか私の高校の卒業アルバムにその姿を残しています。
今はもう50を越えて、もしかしたらお孫さんもいるかもしれない。
私のことなんかとうの昔に忘れてしまっているにちがいないのです。
にも関わらず今でも覚えている私ってどうなのよ?と。

男はやっぱり女にかなわない。
そう思います。
by starforestspring | 2013-09-10 23:15 | 男と女その摩訶不思議な関係 | Comments(0)

男と女 その摩訶不思議な関係 3

私の親しい知人K氏には、3人の妻がいました。3人の・・・と言ったらなんかスゴイなあと思われるでしょうけど、なあに、たいしたことないのです。“同時に3人”ならそれなりに尊敬もできますが。。

最初の妻(Yさん)との出会い、なれそめについてK氏は多くを語ってくれませんでした。
K氏とYさんとの歳の差14歳。二人はやがて駆け落ち同然で出奔します。

K氏は長野の豪農の長男。
なにごともなければそのまま跡を継いで、村の衆にブイブイ言えたはずなのに、なぜか14歳も歳の離れた娘っこと手に手をとって飛び出してしまう。
ドラマにでもなりそうな展開ではあります。

私なんかはこのあたりでの二人の会話や、心の揺れなんかに大変興味があります。14歳も年上のおにいさんにYさんはどんなふうに口説かれたのか。K氏を知る私はきっと彼がYさんを“うまいこと言ってだまくらかした”に違いないと思っていたのです。どう考えてもK氏は“熱愛派”じゃない。どっちかというと、“ええかっこしい”で“口が上手い”ジゴロタイプです。Yさんは年上のおにいさんに言うがままについて行った。そんな気がしてなりません。

まあ、私の無責任で勝手な憶測なんかはどうでもよくて、実際のところどうなんでしょうね、14歳の歳の差っていうのは。

やがて二人の間に3人の子どもができますが、Yさんは下の子が3歳になる前に家をでました。

ここですよ、ポイントは。

世間から見れば“燃える恋”を経て結ばれた二人。
しかも二人の間にはまだ小学校にも上がらない子供が三人。
その三人の子供を置いて家をでたYさん。見送ったK氏。

私は別に離婚について否定的な立場をとるものではありません。
ただ、K氏とYさんが夫婦であった時代は、今と違って結婚したら添い遂げることこそノルマで、離婚には暗いイメージがつきまとう時代です。
離婚という結果を選択するには、今では考えられないようなエネルギーを必要としたに違いないのです。にも関わらずその離婚を選択したということは、よほど大きなマイナス要因があったに違いないと想像するのです。

それがどちらかの側にあったのか、両方に非があったのか、それはわかりませんが、どちらであれ三人の子供を置いて家を出たYさんの心情を思うと、胸がつまります。
父親はいざ知らず、お腹を痛めて産んだ子どもがかわいくない母親なんていないと思うのですよね。(近ごろは散見出来るようになりましたが)

Yさんが存命かどうか私はしらないのですが、そのつらい過去とどうやって向き合って生きておられたのか気になるところです。

かたやK氏にとって、この別れがつらいものだったのか、もしくはせいせいしたものだったのか。さすがにそこまでは話してくれませんが、彼の予定していた人生を狂わせてしまったことは間違いないようです。彼、あんまり幸せそうではなかったですから。

子どもを置いて家を出る母。
どちらかというと、母の方に批判が集中しそうな話ですが、私は逆に彼女をそうせざるを得ない状態に追い詰めた要因にこそ腹立ちを覚えます。


gonbe5515

自分かわいさから子どもを置いて勝手に出奔する女は含みません。
映画『誰も知らない』の母のような。
by starforestspring | 2013-09-07 21:42 | 男と女その摩訶不思議な関係 | Comments(0)

男と女 その摩訶不思議な関係 2

私がこれから書いていく文章の中に登場する女性たち。
その性格、行動、言葉などが、ご自身の体験と重なる、
もしくは酷似していたとしても、それはあなたの

思い込み

または

勘違い

です。


それをもって私のことを
「名誉棄損。プライバシーの侵害。営業妨害。」であるなどと声高に叫ぶことはどうぞご遠慮いただきたい。

私は悪意を持ってこのシリーズを書こうとしているのではありません。
あくまで世の中にあまたある「男と女の摩訶不思議な関係」のうちのごくごく一部を、自分の知る範囲でご紹介し、記事を読まれる方に広く知っていただきたいだけです。
「ああ、そういう女性もいるのね」「いるいる!こういう人」等々、これまで知らなかったことを知っていただくとか、共感を得られれば嬉しい故に。


繰り返して申し上げますが、これから書く内容があなたの体験と酷似していても、それは

単なる偶然

もしくは

気のせい


です。


もちろん、
「この女性は私のことだな・・」と思い込みながら読むっていうのも一興かもしれません。


でも

「この女性は私と似ているけど私のことじゃない」と考える方が心の平安を保てると思います。


ええ、是非そうすべきです。

そうすれば誰も苦しまずにすんだ・・もとい、すむのですから。



ということで・・・次回から本編スタートです。よろしくお願いします。


gonbe5515
by starforestspring | 2013-09-06 22:02 | 男と女その摩訶不思議な関係 | Comments(0)

男と女 その摩訶不思議な関係 1

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NHKの『夫婦善哉』というドラマを観ている。

世紀の名作『火の魚』
このドラマで心と体が震えるような演技を見せてくれた尾野真千子さん。
『カーネーション』で、「チッ!」っていう舌打ちが、人によって魅力的に映るものなのだと教えてくれた尾野真千子さん。

彼女が主演だから。
それがこのドラマを観ようとした動機。

舞台は昭和初期の大阪。大店の放蕩息子と貧しい家庭に育った芸者との恋と暮らしの物語。
「森繁久彌さんの柳吉に比べ、森山未來くんの柳吉は若すぎ、線が細い」という評をなにかで読んだのだけど、森繁久彌さんの作品を観てないので、森山未来くんの柳吉が私の柳吉であります。

その柳吉くん。

どうしようもないアホです。
それでも男か!と蹴飛ばしてやりたくなる甘えんぼさんです。
よくもまあ、こんな無責任なボンボンに育てたもんだ・・と、彼を勘当してしまうお父上、それから家族や番頭さんにも文句を言いたくなるほどです。
彼には彼なりの言い分、矜持があるんでしょうけど、全然説得力がありませんね。
店の売り上げを勝手に集金し、その金を使って飲み歩く・・・妻も子もいる大人の男として、そいつはどうなのよってことですよ。

ドラマは全4回。
昨日、録画していた第2回を観ました。
これがですね、実によかった。

ご案内のとおり、私は映画やドラマを観るときに、ストーリーはもちろんなのだけど『どう見せてくれるか』『どういう映像表現をしてくれるか』をより楽しみにするタチです。
第2回、ご覧になりました?

おかあちゃんが危篤になったという弟からの電話を受けた蝶子が柳吉が入院している病室から急ぎ駆けつけようとします。柳吉、なぜか蝶子を引き留めるのです。「水くれ~、おばはん!」「お、お、お、親が大事か、わいが大事か」てね。

このセリフのあと、カメラは蝶子を捉えます。しばらくカメラは動かず。回想シーンのインサートのあと、カメラは蝶子に戻り横顔のアップ。そして・・・蝶子の目に涙がにじみ出てきます。カメラはまだ動かず。にじみ出てきた涙は蝶子の頬をつたい、手の甲の上にひとしずく落ちます。目から溢れて頬を伝い顎からおちる涙の粒がふたつ、みっつ。
どれくらい時間が経ったのか・・・。「お電話入ってますよ」看護婦さんの声が聞こえて立ち上がろうとする蝶子。涙の粒はついに流れとなって落ちていきます。このシーンの美しいこと!

柳吉に対する、お母ちゃんに対する、待っているだろうおとうちゃんや弟に対する、そしておかあちゃんのもとへかけつけられない原因を作った自分自身に対する、心の奥を行ったり来たりする制御できない感情の揺れ。娘として、姉として、女房(正式なものではないけど)として、それぞれの立場の蝶子のあきらめ、慟哭。そういったものが、動かない横顔、まっすぐ前を見つめる目。やがてあふれてくる涙・・そこに表現されていたように思います。

いいものを観せてもらいました。

頼りない男としっかり者の女。
好き放題する男と苦労しながらそれを支える女。
こういう男女の関係は珍しいものなのでしょうか?ごくありふれたものなのでしょうか?

『浪花恋しぐれ』その歌詞の
「芸のためなら女房も泣かす それがどうした文句があるか」
「あんた遊びなはれ。酒も飲みなはれ。あんたが日本一の噺家になるためやったら、うちはどんな苦労にも耐えてみせます。」
という一節は、私にとって理解できない世界です。

私が理解出来ない世界で生きている男女がいる。
裏切られても、暴力をふるわれても、お金を使い込まれても、男から離れられない女がいる。
裏切っても、暴力をふるっても、お金を使いこんでも、離れていかない女だと信じてる(信じようとしてる)男がいる。

女心とはなんでしょう?
自分の女を苦労させて平気な男ってなんでしょう?

男と女、その摩訶不思議な関係。
私の体験も含め、見聞した範囲で、いろんなカタチをご紹介できればと思います。

gonbe5515


このドラマの原作、織田作之助さんの『夫婦善哉』は、青空文庫で無料で読めます。
昔読んだ本が見当たらなかったので、iPadに青空文庫をインストールして読み返しました。
けっこう忘れてるもんですね。

芥川龍之介さんや太宰治さん夏目漱石さん、森鴎外さん・・・
この方々の作品はたいてい青空文庫で読めるようです。
手元に本を置いておかなくても大丈夫な方にとってこの青空文庫は便利なものだと思います。
>ディスプレイで文字を追うことに違和感を感じずにすむのであればですが。

私、ふとおもいついて、北大路魯山人さんの作品をたくさんダウンロードしました。
実に興味深い内容でありましたので。。。
寝る前にちょっと読む。そういうのが楽しそうです。
by starforestspring | 2013-09-05 18:56 | 男と女その摩訶不思議な関係 | Comments(0)


タベリストgonbe     よしなしごとつづり


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