カテゴリ:太宰治さん( 14 )

桜桃忌

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『回想 太宰治』 野原一夫
『人間太宰治』 山岸外史
『太宰治情死考』 坂口安吾


「あ、桜桃忌」


今朝、カレンダーを見てこうつぶやいた方は、必ずやこれらを読んでいらっしゃることと思う。

太宰さんのことについて書いた評伝はたくさんあるが、この三つは人にお勧めしてもいいと自分で思えるものだ。編集者として、太宰さんの小説に寄り添った野原一夫さん、三馬鹿の仲間、生涯の友として太宰さんと絆を結んだ山岸外史さん、ルパンで太宰さんと一緒に酒を飲んでた坂口安吾さん。それぞれの立場を通して見た太宰さんの輪郭は微妙に異なり、それがまた興味深い。


私は太宰さんを追いかけて津軽の斜陽館に出かけた。
御坂峠の天下茶屋にも出かけた。


でも三鷹にだけは、なんだか出かける気になれない。



桜桃忌。
大勢の方が、禅林寺に集まられたことだろう。
遠く北陸富山から、墓前を念じて合掌させていただくことにする。
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gonbe5515
by starforestspring | 2016-06-19 21:14 | 太宰治さん | Comments(0)

『堕落論』新潮文庫

坂口安吾の『堕落論』を読み直している。
昔読んだときとは違う解釈があって、自分自身に大変興味深い。

安吾氏が著した『太宰治情死考』
私はこの評論に救われた
私にとって唯一無二の作家である太宰治氏の情死について、安吾氏の解釈は私の心にストンと落ちた。妻と、息子と娘と。家族を持っている“一家の主”が、どうしてまた、ヨソの女の人と一緒に心中などするのだろう。それって裏切りではないのか。残された家族の、特に奥さんの心を慮るとき、それはのどに刺さったシャケの骨。

「こんな筋の通らない情死はない。」
「 太宰の自殺は、自殺というより、芸道人の身もだえの一様相 」
「 こんなことは、問題とするに足りない。作品がすべてゞある。」

そうか、そうだったのか。
そうにちがいない。


真実のところはわからない。
わからないけれど、坂口安吾氏の考察は、私にとって救いであった。




gonbe5515
by starforestspring | 2016-03-28 21:02 | 太宰治さん | Comments(0)

キリスト教的なもの

先日、柄にもなく聖書の一節を引用致しましたが、私はクリスチャンというわけではありません。
ありませんが、聖書には親しんでるほうだと思います。

これもまた実に私らしい理由・・曰く『人に影響されやすい』のせいです。

敬愛する作家太宰治さんが、その作品においてたびたび聖書の一節を引用なさり、かつ聖書についての私見を述べておられました。

なにしろ私はタベリストになる前はダザイストでありまして。

私の容貌、風采についてご存じない方にそれを説明する際、『太宰治さんのマネ(wikiの“太宰治”参照)をして机の上で頬杖をついているオッサンが多部未華子さんの映画や写真集を眺めてニヤついてる図を想像してください』と説明すれば事足りるのではないかと密かに信じておるのです。

探せばいくらでもでてくるのでしょうが、ちょっと思いつくだけでも『駆込み訴え』『如是我聞』『桜桃』の冒頭に出てくる言葉「われ、山にむかいて目を挙ぐ」など。

太宰さんの言によると、
「日本人ほどキリスト教を正しく理解できる人種は少いのではないかと思っています。キリスト教に於いても、日本は、これから世界の中心になるのではないかと思っています。」
  >『一問一答』より
だそうです。

・・・・そうかなあ?
これはもしかして、お得意の諧謔か?



宗教。
私にとっては遠くて遠くてとても手が届きそうにないモノ。
手を差しのべようとする気すら起きないモノ。
であるのですが。。

そういえば思い出す。
新渡戸稲造氏の著作『武士道』において、ラブレー氏の言葉。
「宗教なし!どうして道徳教育を授けるのですか?」

これを読んだ時、穴に入りたい気持ちと、胸を張りたい気持ちとが同時にわき起こったものですがね。

宗教は・・・・
一人一人の心の中にある。



gonbe5515

私にはムリです。
申し訳ありありません。
by starforestspring | 2015-08-10 21:17 | 太宰治さん | Comments(0)

私の好きな太宰治 3

『如是我聞』

リズム。
文章のリズムということから小説をみたとき、この作品ほどリズミカルな文章をもつものはないように思われる。
『他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ』
この言葉から始まり『私の小説の読者に言う、私のこんな軽挙をとがめるな』で終わる第一回。
その文章は、よどみなく流れるように次の“言葉”につらなっていく。

この作品は一昨年亡くなった野平健一さんを相手に口述筆記されたものらしい(『太宰治 人と文学』野原一夫著 より)
なるほど、それでか・・・。
これは太宰治さんのしゃべりなのだ。
胸の中に溜まっているマグマのような“反キリスト的なもの”への怒りを、口という噴火口から吹き出したものなのだ。

こんなことをしてなんになる?
自分でも言ってるとおり、たしかに“軽挙”にちがいない。
文壇(それは氏自身が忌み嫌ったものだろうが)から非難を浴びることだって想像に難くない。
なにしろ相手(の一人)は志賀直哉である。

「この者は人間の弱さを軽蔑している。自分に金のあるのを誇っている。「小僧の神様」という短編があるようだが、その貧しき者への残酷さに自身気がついているだろうかどうか。人にものを食わせるというのは、電車で人に席を譲る以上に、苦痛なものである。なにが神様だ。その神経は、まるで新興成金そっくりではないか。」


この一文を読んだとき、私は「小僧の神様」を読んだ後の何とも言えぬ、割り切れなさを太宰治さんに解説してもらったようで、実に爽快だった。

父が私にこう言ったことがある。
「おまえはいつも上をむいている。自分を威張るところがある。人の評価を期待せず、下を向き、黙々と階段を一歩一歩昇る。無言実行という言葉を知るべきだ」
私があの小説に感じた割り切れなさは、“神様”が小僧にしてやったことを、自分もやりかねないとわかっていたからかもしれない。
黙々と階段を一歩一歩昇ることの尊さ。結局私にそれは出来なかったけれど。
だがこの作品中の“神様”は、小僧に存在を知られることなく“神様”となることだって出来たはずなのだ。形のある“神様”として小僧の前に姿を現すのと、“目に見えないなにか”として小僧に寿司を食わせるのと。
“神様”は心のどこかで、“評価”を期待したのではないか。「今、階段を昇ってます!」と周りに宣言しながら階段を昇るほうを選んだのではないか。
それを選んでしまったからこそ、“神様”自身、すっきりした気分になれなかったのではないか・・・そう思う。


「まるで、あの人たちには、苦悩が無い。私が日本の諸先輩に対して、もっとも不満に思う点は、苦悩というものについて、全くチンプンカンプンであるということである。」

苦悩という名の沼に放り込まれ、溺れ、それでも必死になってもがきながら岸を目指そうとする。
太宰治氏は、いつもそんな風だったのかもしれない。
自分が必死だからこそ、必死でないものに対する怒り、もどかしさを感じていたのだろうか。
酒に頼り、薬に頼る。そんな自分の弱さを知るからこそ、強くないものへ優しいまなざしを送ることが出来たのかもしれない。

「目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる恨みあった」
芥川賞選考の際の川端康成氏のこの太宰評について、太宰氏が行った反撃、作品「川端康成へ」は、のちの如是我聞に連なるような気もする。八つ当たり的な部分もけっこうあるのだけれど、坂口安吾氏の言う「作品がすべて」という点からみれば、川端康成氏は余計なことを言ったように思う。
#のちに川端氏は謝罪をした上で、この発言を撤回されました。
それにしても、あの“大家”を呼び捨てにしてしまう太宰氏もすごいよなあ。。と、火事場見物の一人として言ってみる。

「太宰のもっていた性格的欠陥は、少なくともその半分が、冷水摩擦や器械体操や規則的な生活で治されるはずだった。生活で解決すべきことに芸術を煩わしてはならないのだ。いささか逆説を弄すると、治りたがらない病人などには本当の病人の資格がない。」
これは三島由紀夫氏の言葉。作品「小説家の休暇」
これは・・・太宰氏に“規則的な生活”を期待することは、小学生にヒッグス粒子についての授業をするに等しいもののように思うのだけど。
どこで読んだかわすれたけれど、三島氏は太宰さんを訪ねたことがあるらしい。そして面前で「私はあなたが嫌いです」とのたまわったそうな。
やるなあ、三島氏。
私は乾布摩擦をする太宰氏より、酒を飲んでる太宰氏を見ているほうが好きですね。

いつまでも延々と書き続けてしまいそう。
#なにしろ今日は休日で時間がある
いいかげん終わらないと読んでる人も疲れてしまうぞ・・と思ったところで、いい言葉を思い出した。

「大いなる文学のために、死んで下さい。」
作品「散華」より

私の好きな太宰治氏は、三田さんのこの言葉どおり、大いなる文学のために死んだのだ。


gonbe5515

過去記事を検索して太宰治さんのことについて書いたものをカテゴリ「太宰治」にまとめました。
by starforestspring | 2012-07-11 18:27 | 太宰治さん | Comments(3)

私の好きな太宰治 2

過去記事を検索してみたら、こんなのを書いてました。

4年前です。

あの時・・・道路脇に『金木町』という標識を見つけたとき、ちょうど拓郎さんの♪流星♪が流れていまして。それが私の気持ちとピッタリとマッチして、ウルッとしたのを覚えています。

斜陽館。
太宰治という作家が好きな者にとって、三鷹の家とこことは一度は訪れてみたい場所だと思うのですが、三鷹のほうは、残念ながら残っていません。
私の書棚の“太宰治コーナー”に『新潮日本文学アルバム 太宰治』というのがあります。
ちっちゃい本なんですが、これがなかなかよくできた本でして。
なるほど、アルバムの中の写真を時系列に並べるだけで、なんとなく(ほんとになんとなくではありますが)その人の人生が少しだけ見えてくるもんなんだなあと思いました。少しだけですから。少しだけ。
写真に残された太宰治さんが、津島修治として存在している写真を見ると、なんだか嬉しくなるのですね。


あまたある彼の作品の中からこれがナンバーワンと言い切ることができるものはありません。
みんな好きですし、みんないい作品だと思っています。
ただ、前にも一度書いたことがあるのですが、私は『海』、それから『桜桃』という小説が、作家太宰治と、父であり夫であった津島修治とをあわせて小説の上に表現できた作品ではないかと思っています。

やるせなさ・・。


ルパン、ホームズ、ドリトル先生。
小説の中で私が愛する人物はたくさんいます。
が、
書いた人と、書かれた人とが同一人物でありかつ、それが事実なのか虚構なのかわからない。
そういう謎めいたものを見せてくれたのは太宰治さん一人だったように思います。
読者を楽しませるために、自分の持てる力の全てを注ぎ込んだ人。
私にとっての作家太宰治はそういう人です。

先に紹介した『新潮日本文学アルバム 太宰治』
そこで紹介されている数多い写真の中で、どれだけの時間が経ってもずっと眺めていることが出来る写真。それは90ページ右上、三鷹の自宅で、園子さんと里子さんと一緒に写っている写真です。

そこにいるのは、まぎれもなく津島修治さん。

私が好きなのは、太宰治という作家ではなく、津島修治という人なのかもしれません。

gonbe5515
by starforestspring | 2012-07-10 22:38 | 太宰治さん | Comments(0)

私の好きな太宰治 1

結婚してしばらく、私たちには子供がいませんでしたので、二人でよくあちこちに出かけました。

ある時、富士山を見に行こう!と話がまとまり、富士山が見えそうなペンションを予約し、車を走らせました。確か関越道だったと記憶していますが、カーブを曲がったところでいきなり目の前に富士山が見えたときは本当にびっくりしましたね。その美しさに圧倒されたと言うべきでしょうか。

で、富士山を見に行くならここも絶対寄ってみたい!と私がリクエストした場所が
『御坂峠 天下茶屋』
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太宰治氏の作品、『富獄百景』の舞台になったところです。

それまでの私は、作品と写真とでしか太宰さんとの接点がありませんでしたので、この天下茶屋訪問は、大きな感動であり驚きでありました。
なにしろ、
作品をしたためるのに使用した机がそこにあり、開け閉めしたはずの窓がそこにあり、散歩した道がそこにあり・・・、彼が見たのと同じ富士がそこにあるのですから。

hyoutangaidenさんwrote,
「演じたり書いたりしている人が好きになれたら、もしくはなれなくてもその人に何かを感じることができたら、もっと嬉しい」
この言葉で、私は太宰治の作品が好きで、太宰治という小説家が好きなんだということを再認識しました。私の大好きな小説家がそこに座り、そこを歩き、そこで笑っていた天下茶屋。今自分は彼が逗留し、作品に取り組んだ場所にいる。
そのことにとても感動したのです。

茶屋から少し登ったところにある「富士には月見草がよく似合ふ」という名言が刻まれた石碑。
その前に立ったとき、私は思わず知らず、ほほえんでおりました。

次回も続きます。

gonbe5515


3年か4年前、その御坂峠に小学生の娘たちを連れて再訪しました。
まだ太宰作品を読んでいない彼女らには、父親がなんでこんなにアツクなってるのか理解出来なかったことでしょう。
「走れメロス」は中学一年のときの教科書で習ったみたいです。
メロスがなぜ頬を赤らめたのか・・わかってくれたのでしょうか?
by starforestspring | 2012-07-09 21:24 | 太宰治さん | Comments(0)

太宰治さんの看護日誌

昨夜、図書館から借りてきた太宰治全集の別巻(筑摩書房 1992年発行)を読んでた。

太宰さんの作品は、どこからどこまでが事実でどこからどこまでが創作かわからない。
ある人は“事実に基づいたドキュメンタリー”と言うし、ある人は“頭の中で作り上げた空想の世界”と言う。

私は・・・“創作”だと思って読むようにしている。
最初は“ドキュメンタリー”だと信じていた。
「ここまで赤裸々に自分をさらけ出す作家がいるんだ・・」と驚き、畏れた。

その後、太宰さんの小説はもとより、彼について書かれた多くの本を読むうちに、彼が文章の魔術師であり、読者のことをいつも考えていたということを知る。
そのうちに、
「そこに書かれていることが事実か虚構かどちらでも構わない。その文章を我が身に取込み、その文章の渦の中に我が身を放り込む。それこそが至福」
そう考えるようになった。


この本の中に、武蔵野病院に入院した時の看護日誌がある。


太宰さんが入院のために武蔵野病院にやってきて、医師がどのような見立てをし、入院中の彼を観察していた看護婦がそれを日誌にどう書いていたのか。
それらがこの本の中で、読者に提示されている。


これは、まぎれもない事実。
時を忘れて読んだ。



まさか太宰さんも、死後こんな日誌が発表されるなど思いもしなかっただろう。
そして事実だけで構成されているこの日誌の発表に、きっと憤慨するに違いない。

「事実を事実だけで発表するのはだれにだって出来る・・・」

そう語り出すであろう太宰さんの言葉に耳を傾けたいものだ。



一緒にお酒を飲みながら。。。。


   gonbe

太宰治

桜桃忌2009
by starforestspring | 2011-08-19 19:15 | 太宰治さん | Comments(0)

夏の休暇

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河口湖から見た富士山。

富士山を初めて見る娘たちに、
こんなにも恵まれた条件で登場してくれた富士山に感謝。

御坂峠にある天下茶屋。
前回訪れたのは20年くらい前になるだろうか。
様子は少し変わっていたが、
「富士には月見草がよく似合う」の石碑から見る富士山も格別だった。

敬愛する太宰治さんの過ごした場所に、
自分がいるというだけで、感動してしまう。
当時の写真が2階の記念館に掲示されていた。
変わらないのは、茶屋前から見える富士の姿だけだろうか。

登ってみようかな?と思える親しみのある山。
屏風絵みたいにただそこにあるだけの山。
見上げるほどに胸を打たれる山。
良し悪しはつけられないけれど。

昨日今日と、入道雲が顔を出している。
今さら・・・・という感じがしないでもない。

夏もまもなく、終わる。

   gonbe
by starforestspring | 2009-08-17 23:15 | 太宰治さん | Comments(0)

太宰治と寺山修司

寺山修司が太宰治のことについて書いている。
「誰か故郷を想はざる」の中の一章。「晩年」で。

その中の一節が心に残る。
“生が終わって死がはじまるのではない。生が終われば死もまた終わってしまうのである”

この世で添えないのなら、あの世で一緒になりましょう。
生まれ変わってもきっとまた巡り合える。

そんなセリフを今まで幾度も聞いてきた。
本当にそうなの?と思いながら。
口には出せなかったけれど。

誕生日は6月19日。
妻ではない女性と心中を図り、幾多のひとの心を乱しておいて、
みんながあきらめたころ、思いもかけない形で遺体が発見された。
それも6月19日。

太宰治は、その死さえも小説にした。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-20 21:27 | 太宰治さん | Comments(1)

桜桃忌2009

今日は桜桃忌。
生誕100年ということで、いつもの桜桃忌より巷はなんか騒がしい。
今日の読売新聞の編集手帳にはこんなことが書かれていた。
なるほどなあと思う反面、「最後まで読めますけど・・・」と、ツッコミを入れたり。

ご多分に漏れず、一番最初に読んだのは「晩年」
桜桃忌をご存じの方にあえて申し上げる必要もないが、
「葉」「思い出」「逆行」などの短編が収められた彼の処女作品集。
中学の三年か、高校一年だったように記憶しているのだが、はっきりとはわからない。
もっと早かったかもしれない。
なんだか変な作家だなあというのが、読後の印象だった。

だいたい私の読書癖は、兄から譲り受けたもので、読む本もたいてい兄のものを借りて読んでいたように思う。
兄とは二つ違い。これぐらいだと、弟もちょっと背伸びすれば兄と同じ本が読める。
学年が変わった新学期は、学校からもらってきた兄の国語の教科書を読むのが楽しみだった。
兄がルパンやホームズ、ドリトル先生などを読んでいたという記憶はないが、太宰治の作品は兄からの影響だ。

芥川龍之介は、好きな作家で、太宰治の前は彼の作品ばかり読んでいたように思う。
夏目漱石、森鴎外も片っ端から読んだ。
森鴎外と言えば、先日なにかの本に彼の「高瀬舟」のことが書かれていたので、
書棚からほこりをかぶった文庫本を引っ張り出して、再読した。
自分でも意外だったのは、途中で気持ち悪くなったこと。
もちろん喜助さんの弟が自殺を図り、喜助さんがそれを見つけたあとの描写の部分。
あの頃、これを平気で読んでいた自分が信じられない。
逆に、若い頃読み切れなかった、もしくは読んでも自分の中に何が残ったのかわからない本が、
年を経て再読したら、そうかそういうことかと、納得出来るようになっていたりする。

話がそれた。
太宰作品の中で、どれが一番好き?と問われたことは幸いにしてこれまでない。
ないが、自分で問うてみると、これが難しい>あたりまえか。。
好き嫌いではなく、印象に残っている作品と言えば、
「満願」「海」「如是我聞」だろうか。
「如是我聞」を読んでから、志賀直哉のことが大嫌いになった>私だけ?
「満願」は、さわやかな風を体に受けているような心地になる作品。
傘をくるくる回して・・というところが好きだ。
「海」
この父親の気持ち。
子供に海を見せてやりたい。その父の気持ちが痛いほどよくわかる。
あらかじめ海が見える側の席をとったり、見える前から「もうすぐだよ」と
声をかけたりの奮闘ぶりは本当にほほえましい。

この作品について、津島美知子さんが「回想の太宰治」で書いておられた。
この一件は事実とはまったく違うらしい。
美知子さんは、この作品を読まれたとき、事実と違うことを発表する太宰に対して、恨めしい気持ちをもったような表現をしておられた。
だが、私は逆に、ますます太宰治が好きになった。
そうか、これまで、自分のことについて書いた告白的な作品を、実際にあったことと思い込んでいたが、かならずしも事実ばかりではなかったということか。
これまでずっと太宰治の術中にはまっていたのだということが、妙に嬉しかった。

事実をありのままに書くことをよしとしない。
小説の世界と現実の世界との境界を読者に意識させない。
彼はずっと、読者を喜ばせる作品を書こうとしていた、そう思う。。
“小説”を書くということは、きっとそういうことなのだ。

   gonbe
by starforestspring | 2009-06-19 19:36 | 太宰治さん | Comments(0)


タベリストgonbe     よしなしごとつづり


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